週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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カテゴリ:日本とイラク、どうなる( 43 )
蜃気楼が起こした砂漠の戦争。――フセイン元大統領、FBIへの独白。
イラクのフセイン元大統領が生前、「米軍が本格的に
攻め込んできたことは誤算だった」――と、FBIの捜査官に
語っていたとのニュース。

さらに、その中で、フセイン元大統領は、イラク戦争に
大義名分を与えた大量破壊兵器疑惑について、
「強いサダム」を演出するため、実際には持っていなかったのに、
持っているとの誤解されるままにしていた、と。

・読売→「アメリカの進攻、予期せず」フセイン元大統領が供述
(2008年1月27日01時23分)


いったい、イラク戦争でどれほどの町が火に焼かれ、
どれほどの人々の命が失われたというのか……。
イラクの人々、兵士、米英軍の兵士、
他の国々の人々、兵士……。

日本人では外交官2人が亡くなり、軍事会社と契約した元自衛官、
冒険旅行にとバグダッドに潜入した若者も殺害された。

米国がイラク戦争の大義名分としたのは、
大量破壊兵器の隠匿。……ときのパウエル国務長官は、
政権内でネオコングループ(保守派)が発言力を強めるなか、
穏健派、協調派と見られ、開戦に慎重だったが、皮肉にも、
イラクの大量破壊兵器保有の証拠があると、国連の
安全保障理事会で演説、同国侵攻に端を開いた。

しかし、フセイン政権崩壊後、砂漠の砂を
いくらかきわけても、それは見つからなかった。
そして、さしもの米国も、いつの間にか、大量破壊兵器が
存在すると言い続けるのを止めた。

結果として、虚偽の証拠をつかまされたか、虚偽の証拠を
作ったかして、戦争を急いだ米国も米国なのだが、
自分を強く見せるために、ありもしない兵器を、
持っているように装った元大統領も、愚者だった。

大量破壊兵器は砂漠の蜃気楼だった……、でも、その蜃気楼が
戦争を呼び、その渦中に町や村が壊され、人々の命も奪われた。
そして、いまも自爆テロがしばしば発生、混乱が続いている。

                ※※

<追記>1月9日、世界保健機関(WHO)は、3年間のイラク戦争で
自爆テロや宗派対立による抗争、米軍攻撃などで死亡したイラク人が
推計15万1000人に達したとする調査結果を発表、しかも
大半が非戦闘員、民間人とのこと。

・共同→イラク人死者15万人超 市民の被害大きさ浮き彫り
(2008年1月10日10:59 )



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by yodaway2 | 2008-01-27 15:59 | 日本とイラク、どうなる
イラク、香田さん殺害の実行犯が供述。――なぜ、殺されなければいけなかったのかと、父親。
★追記、7日08:52/香田さん殺害犯に共同通信が単独インタビュー。
「監禁中、拷問は一切加えなかった。彼は涙を流して解放を求めていた」と。
さらにイラクのTV局が撮影した映像によれば、として、殺害犯が主犯格の男から
受け取った殺害の報酬は、20万イラクディナール、日本円にすればわずか
約1万6000円であった――とのこと。いたましい限りだと思う。

・共同→香田さん、涙で解放懇願=主犯格から殺害の報酬 [ 03月07日 00時22分 ]

                ※※

一昨年、2004年10月、イラクで武装グループに拘束され、殺害された、
福岡県出身の青年、香田証生さんについて、イラクで拘束中の男が、
犯行を自供した――とのニュース。

この事件が最初に報じられたのは、2004年10月27日早朝(日本時間)。
アルイジャジーラの報道をもとに、国内メディアが伝えた。

今回の報道があって、事件はいつだったかと考えた。
昨年の、いつだったか……と、記憶をたどったところ、昨年ではなく一昨年だった。
もう、すでに1年半近くも経っていたのだ……。

                ※※

自分のブログ内を検索してみたところ、直接、香田さんに
関わるエントリーを、末尾記載のとおり、4つ、書いていた。

彼の行動は軽率であったが、筆者、yodaway2は
責める気持ちになれなかった。

筆者、yodaway2も、やはり彼と同じように、
“心の放浪”を重ねた日々があったし、ひょっとすると、
いまだって、それが続いているかもしれないほどなのだ。
だから、彼の死を知って、とても落胆した。

                ※※

その、エントリーのひとつ、2004年10月31日のエントリー、
「香田さんの死に。すべての、無力を思う。」から再掲、抜粋。
いまも、エントリーを書いたときと、気持ちは変わらない。
香田さんの行動は、やはり軽率には違いがなかった。
そしてその行動は、たしかに、自分探しの旅……であったのかもしれない。

いま、彼の人生を振り返ってみる。

普通なら、高校は卒業する。大学にも進みたいと考える。
しかし、彼は高校を中退してしまった。そして通信制の高校に学ぶ。
職業訓練を受けて、手に職をつけようとする。
塗装工として働きながら、英語を学んだ……。
そして、やりたいことがある――と、ニュージーランドへ。
さらに、自分の目で見てみたい――と、イラクへ。

                ※※

切ないではないか。

うまく生きている人間なんて、この世のなかあふれかえっていて、
それでいて、そのレールを踏み外しさえしなければ、
フツーに、最後まで、うまく生きていける。

でも、彼は、むしろ生きる意味を探したがゆえに、
道に迷ってしまい、あちこち、つまずいたのかもしれない。

拘束された香田さんは、ウェブに流された映像のなかで、
「小泉さん、すいませんでした。また、日本に帰りたいです」――と訴えた。
その話しぶりには、背後に立つテロリストたちへの怯えも混じっていたが、
むしろ落ち着きを失おうとせずに、しっかりとしているようにも聞こえた。

母親は会見のときに、祖母の看病にあたった香田さんの姿を訴えていた。
「やさしい子なんです」と。

彼は軽率ではあったし、幼稚でもあったのだろうが、
同時にとてもとても純粋で、損得を度外視していたようなところもあり、
そして、迷いながら生きていたようにも思われてならない。
                ※※

イラク戦争の開戦は2003年3月19日のこと。
それから2ヶ月と経たないうちに、米国、ブッシュ大統領は、
大規模先頭の終結を宣言したが、しかし、いまだに混乱は続いたまま。

その経過のなかで、多数の外国人が武装組織に誘拐、殺害され、
日本人では香田さんだけでなく、民間軍事会社のエージェントであった、
斉藤昭彦(44)さんも戦闘で死亡した。
・当ブログ→戦争のプロ、斉藤氏の心に去来したのは何か――?(2005年 05月 13日)

もう、イラク戦争が始まってから、3年にもなる。

                ※※

今回の報道に、香田さんの父、真澄さんは次のように話したのだという。
「捕まってうれしいという気持ちはありません。今は、なぜ息子が
殺されなければいけなかったのかという、むなしさだけです」

改めて、ご冥福を祈りたいと思う。

                ◇◆

<当ブログ、過去のエントリー>
・香田さんの死に。すべての、無力を思う。 [2004-10-31 11:50]
・香田さん、一転、別人!救出信じて、がんばれ! [2004-10-30 18:19]
・香田さん、引き止めたかった。 [2004-10-30 12:11]
・イラク日本人拘束、アルジャジーラが伝える。(速報) [2004-10-27 09:07]


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by yodaway2 | 2006-03-02 23:04 | 日本とイラク、どうなる
ムハンマド風刺画、文明の対立に新たな火種。――炎上はいつ、止まるのか?
NHK-BS、ワールドニュースアワーなどで、
ABC、CNN、BBCなど、欧米のニュースを見ていると、
このところ、イスラム教預言者、ムハンマドの風刺画問題が
かなりのボリュームで連日、伝えられている。――席巻している、と言ってよいほど。

日本のメディアでは、やや、注目度が低い印象があるが、この問題、
文明間の対立を、また新たに、際立たせているようで、とても気になってきた。

                ※※

この問題の発端は昨年9月、デンマーク紙ユランズ・ポステンが、
イスラム教預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことだった。

――で、そもそもその風刺画とはどんなものなのだろう、と思った。
検索してみたところ、それらしいサイトが、いくつかひっかかってきた。
・L'EXPRESS.fr→Les caricatures incriminées
・Google→Muhammed Cartoons×イメージ検索

うーmmm、イスラム世界の方々、怒るかも。。

                ※※

偶像崇拝を禁じたイスラム教では、そもそも預言者ムハンマドを
絵に書くこと自体、禁じられた行いであるのだが、
それが、デンマーク紙掲載の風刺画では盗賊の姿(?)をしていたり、
爆弾の形をしたターバンを巻いていたり……、と。

西側諸国は報道の自由と主張、デンマーク紙を擁護したが、
イスラム世界にとっては宗教への冒涜と映った。

イスラム世界の批判は、この風刺画が掲載された直後から起きただが、
それが大きなうねりになったのは年が明けてから、それも、ごく最近になってのこと。
とにかく、あっという間に炎上し、あれよあれよという間に燃え広がった。

イスラム圏の国々にあるデンマーク大使館は、
群集の激しい抗議にさらされ、投石などを浴び、デンマーク国旗が燃やされ、
さらには建物への放火もされるほど。サウジアラビアなどが駐デンマーク大使を召還、
イラン、イラクなどは通商関係の断交などの措置を取った。

アジア、フィリピン、インドネシアでも群集のデモが発生しているし、
アフガニスタンでは警察官が暴徒に向かって発砲、死者も出た。

米国、ブッシュ大統領、フランス、シラク大統領、国連、アナン事務総長などが、
繰り返し、沈静化を呼びかけているが、まだおさまる気配がない。

                ※※

21世紀が幕を開けて5年……。01年の9.11テロに始まり、
アフガニスタン侵攻、イラク戦争と続き、スペイン、イギリスなどでも
大規模なテロが発生した。また、少し問題は異なるが、
昨年、フランスでイスラム系住民の暴動が国中で連続した。

イスラム系の人々は世界の2割を占めているともされるが、
イスラム世界の不安定さが、世界の不安定さに
そのままつながっているとの印象は打ち消せない。

ただ……、その、不安定さをつくりだしているのは、いったい、どこか、
表現を変えて言えば、因果応報の「因」は、果たして
イスラム世界自体にあるのか、それ以外の世界にあるのか……、
ちょっと、考えてしまう。

                ※※

東洋の叡智のひとつ、論語にいわく。
「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」(衛霊公)
(おのれのほっせざるところ、ひとにほどこすことなかれ)

                ※※

日本、聖徳太子、十七条憲法の冒頭、第一条に。
「以和為貴(和をもって貴しとなす)」

                ※※

さらに、yodaway2から、ひと言。
対立を好んではいけない、仕掛けてもいけない。



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by yodaway2 | 2006-02-09 18:02 | 日本とイラク、どうなる
陸自、イラクから撤退へ!――徒然草、過ちは安きところにあり、と。
★追記、2月4日/柳沢協二官房副長官補が4日、都内で行った講演のなかで、
イラクに駐留する陸上自衛隊の撤退に関し「いずれにしても数カ月のうちに
陸自は引いてくる」と明言。政府高官が公の場で撤退時期を示したのは初めて、とのこと。

・共同→イラク陸自、数カ月で撤退 柳沢副長官補が明言 [ 02月04日 16時30分 ]

                ◇◆

今朝の朝刊、1面に、「サマワ陸自、3月撤退」――の見出し。
同じように、イラク南部サマワで活動している英豪両軍も撤退する方針。
今月23日、ロンドンで日英豪の3カ国と米国が秘密会合を開き、
イラク南部からの撤退について英国が提案、米国が了承し、決まったらしい。
・共同→陸自と英豪軍3月撤退 サマワ治安をイラク移譲 [ 01月31日 02時00分 ]

ただし、英国は現在、イラク国内に8000人ほども部隊を展開しており、
撤退するのはこのうちの約半数、4000人ほど。しかも、
隣国、アフガニスタンには増派の方向。

また、日本についても、陸上自衛隊は撤退するものの、
航空自衛隊はなお残留し、派遣しているC130輸送機の
任務拡大の可能性がある。――米側がバグダッドや中部バラドなど、
米軍拠点への輸送任務に期待を示しているためだという。

このほか、陸自部隊が撤退しても、その後の、米国を中心とする、
復興チームへの人員派遣を求められているとのことで、
すべてがクリアされるというわけでもなさそうだ。

しかし、そうであっても、一番のボリュームゾーンが、
いよいよ撤退となるのは、歓迎すべきことのように思われる。

撤退は3月に始まり、5月までかかるとのことだけれど、
ああ、やっと、“西域の守り”から帰って来る。

                ※※

吉田兼好、徒然草に次の一節あり。

第百九段
>高名の木のぼりといひし男(をのこ)、人を掟(おき)てて、
>高き木にのぼせて梢をきらせしに、いと危く見えしほどはいふこともなくて、
>おるゝ時に、軒だけばかりになりて、「あやまちすな。心しておりよ。」と言葉をかけ侍りしを、
>「かばかりになりては、飛び降るゝともおりなむ。如何にかくいふぞ。」と申し侍りしかば、
>「その事に候。目くるめき枝危きほどは、おのれがおそれ侍れば申さず。
>あやまちは安き所になりて、必ず仕ることに候。
」といふ。
>あやしき下臈(げろう)なれども、聖人のいましめにかなへり。
>鞠(まり)もかたき所を蹴出して後、やすくおもへば、必ずおつと侍るやらむ。
※日本古典文学テキスト→徒然草(校註日本文學大系3 國民圖書株式會社1924)から。


以下、私訳(yodaway2、意訳)にて。

木登り名人と言われている男が、手下の者に命令して、背の高い木に登らせ、
枝を切らせているときに、見るからに危険なところでは何も言わなかったのに、
手下の者が降りるときになって、それも軒丈ほどの高さになったところで、
「過ちを冒すな、慎重に降りよ」と言葉をかけた。

手下の者はいぶかしく思い、「このくらいの高さであれば、
もう飛び降りたって平気じゃないですか。どうして、こんな低いところに来てから、
そんなことを言うのですか」と聞いた。

名人が答えた。「そこが大事なところなのだ。目まいがするくらい、
危ない枝にいるときは自分で危ないと注意しているので、
何も敢えて、気をつけなさい、などと言わなくともよいだろう。
過ちは簡単だ、もう大丈夫だ、と思うところで起きるものなのだ
」――と。

木登りの“名人”とは言え、身分の低い者。しかし、
その言葉は聖人の戒めにかなっている。
鞠(まり)も蹴りにくいところをうまく蹴っても、その後で、
案外、簡単そうに思ったとたん、落としてしまうものなのだ。

                ※※

自衛隊のイラク派遣に関わる、いわゆるイラク特措法が国会を通過し、
施行されたのが平成15年8月――。

ときの米国、アーミテージ国務副長官に
「お茶会をやっているんじゃない、ブーツ・オン・ザ・グラウンド!」、
いつまでもぐずぐずしてるんじゃない、カネだけじゃなく、自分の靴で、
イラクの土を踏め、と迫られての決断だった。

翌、平成16年1月には先遣隊が、そして第1次派遣部隊が。
その後しばらく、来る日も来る日も、マスコミの報道は
イラク関連で埋め尽くされた。

それから今日まで、陸自だけで9次の派遣があり、
1回の派遣・交替で、およそ500人が入れ替わっているので、
延べ、5000人ほどもの自衛官が、ブーツ・オン・ザ・グラウンド、
イラクの土を踏んだ計算になる。

宿営地にはそうとうな工夫が施され、中にいる限り、
かなり心配はいらなさそうとも言われているが、
そうであっても、迫撃砲が打ち込まれたこともあったし、
自衛隊の車列を狙って爆弾が仕掛けられたこともあった。

しかし、運も良かったのだと思うが、さしたる被害、損害を受けずに、
ここまで来た。――そして、それは空自、また海上で
補給などにあたっている海上自衛隊、海自についても同様だった。

                ※※

いま、少なくとも、陸自については、ようやく軒丈が見えてきた。
でも、過ちに心しなければいけないのは、これから。
兼好、徒然草、木登りの名人の戒めのとおりと思う。

あと少し……、無事を祈ろうじゃないか!^^


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by yodaway2 | 2006-01-31 15:13 | 日本とイラク、どうなる
ブッシュ氏、フセインとビンラディンを間違える。……あのときも?と。
ロイター、19日発(→excite、21日)のニュース、
『ブッシュ大統領、フセインとビンラディンを言い間違い』 について。
小ネタと言えば小ネタなのだけれど、イミシンにも思われ、
ちょっと書き留めておくことにした。

まず、以下に、記事から一部引用。
>ブッシュ大統領は月曜日、オサマ・ビンラディンと言うべきところを間違えて、
>一瞬サダム・フセインにしてしまった。

>ブッシュ大統領はホワイトハウスで行われた記者会見で、
>彼の2大宿敵の名前を入れかえてしまった。この記者会見は、
>アルカイダおよび「テロとの戦争」に関連するその他の団体と
>繋がりがあるとみられるアメリカ人を取り締まる目的の通信傍受を
>許可した件についてのものだった。
・ロイター→ブッシュ大統領、フセインとビンラディンを言い間違い(12月19日)

                ※※

演説は、いま、ブッシュ大統領を悩ませている、正規の手続きをしないで行ったとされる、
米国民への盗聴――通信傍受についての釈明だったが、それはさておきたい。
※通信傍受については次の記事など参照。
・ロイター→米国の通信傍受問題、一部の上院議員が調査を要請(12月21日)

ブッシュ大統領の言い間違い自体に、他意はないのだろうが、
しかし、ビンラディン容疑者、フセイン元大統領の2人の名前を取り違えたとは、
なかなか暗示的に響いてくると思った。

イラク戦争の正当性についての疑念は、いまさら、改めて
記述する必要もないわけだが、この演説のように、ちょっとした間違いで、
世界を揺るがす戦争が始まったのではないか――と考えてしまった。

事実、イラク開戦を積極的に推進したネオコン(新保守主義)グループの
主要メンバーの一人、ウォルフォウィッツ世界銀行総裁(前国防副長官)は
「イラク攻撃必要なかった」(12月9日、共同の見出し、ソースは見当たらず)と発言し、
米国のみならず、関係国を驚かせた。
・朝日→イラク侵攻「必要なかったかも」米前国防副長官(12月9日)
・読売→イラク戦争回避の可能性あった…前米国防副長官(12月9日)

                ※※

開戦前に米国が主張した、大量破壊兵器の存在は、
結局のところ、証拠が見つからなかった。――つまり、もともとなかったかもしれない。
フセイン大統領とアルカイダ、ビンラディン氏とのつながりも、
証明することができなかった。――つまり、イラクをテロの温床にしたのは
開戦「後」ということになってしまう。

しかし、歴史の現実として、当時、米国は一途に戦争の大儀を主張し、
日本を含めた関係国、世界を振り回し、タリバン政権統治下の
アフガニスタンに続いて、イラク攻撃に踏み切り、
おびただしい砲撃、銃弾、ミサイルを浴びせた。

さらに今も、数十万という部隊を進駐させ、武装勢力の掃討を続けている。

                ※※

2×××年、高校入試で「イラク戦争の理由を記述せよ」との問題が出題された。
答えは、ブッシュ大統領の勘違いで始まった、が正解になった。(――んだとさ。^^)


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by yodaway2 | 2005-12-21 15:49 | 日本とイラク、どうなる
イラク、自衛隊車列に爆弾!――籠城しても、傷つくな。(速報)
New!★新コーナーのお知らせ/首相動静録――首相の一日から明日を読む。

≪追記/18:30≫

●間一髪だった!――運がよかったのかもしれない。

ニュースサイトに記事がアップしはじめた。
爆発は自衛隊の車両が通過した後ではなく、通過中だったらしい。
車両は4台。そのうち1台が爆風のために、窓ガラスが破損した。
車列には合わせて約20名の隊員が乗り込んでいた。

間一髪で、人的な被害から免れた、とみていい。
相当、危なかった。運がよかった、のかもしれない。

                    ※※
≪速報/16:32アップ≫

午後4時、NHK、BSニュース。日本時間、今日午後2時過ぎ、
イラク、サマワ、駐屯地東5―6キロの地点で、陸上自衛隊の車4台が通り過ぎたところ、
道路脇に仕掛けられていた爆弾が爆発した――とのこと。

窓ガラスが傷付いた(割れた?)がけが人はなし。
地元の方で巻き込まれた人もいないという。

しばらくぶりの、イラク派遣の自衛隊のニュース。
日々、いろいろあって、国会で1年間の派遣延長に、
あれだけもめたというのに、新聞もテレビも取り上げることは、
めっきり少なくなっているように思われる。

部隊は3ヶ月ごとに交替しているはずだが、
そのニュースの扱いも、回を重ねるごとに小さくなっていくような印象がある。
しかし、当然のことながら、活動は継続しているし、交替も行われている。

                    ※※

米国も出口戦略――、すなわち撤退のタイミングを探っているに違いないが、
その一方で、イラク国内では、いまだに仕掛けた爆弾や自爆、襲撃、
あるいは外国人誘拐などによるテロが収束していない。

22日夜にも、バグダッド北西部において、爆弾テロとみられる爆発が連続して4件発生、
巻き添えになって計23人が死亡、50人以上が負傷したと伝えられた。
21日も武装勢力、スンナ軍から7人を殺害したと声明があった。
20日には自動車爆弾でイラク人警察官が死亡した、食堂が爆破された、
19日には米軍が掃討作戦で武装勢力50人を殺害した、18日には………と、
さかのぼって、結局、ニュースに切れ目がない。

                    ※※

12月までの派遣延長期間まであと5ヶ月と少し……。
米国の動きをにらみながら、日本も政府内において、
部隊撤収のプログラムと、さらに撤収後の復興支援策の検討が進んでいるようす。
その最大の目玉は、撤収後に、サマワに火力発電所を建設する――というもの。

                    ※※

サマワはバグダッド、あるいは抵抗の続くイラク北西部と異なり、
比較的落ち着いていると伝えられているが、油断はまったくできない。
が、危ないからと言って、いまのいま、引き返すこともできない。名目はともかく、
日本ただ一国で行動しているのではないことは、子どもの目にも明らか。

                    ※※

以前、大野防衛長官がNHKの討論番組に出て、
宿舎の中にいれば安全なように対策を講じている、くわしくは
安全にかかわるので言えないが、それだけのことはしている――、と言っていた。

米軍の宿舎は多くがコンテナのようで、迫撃砲が打ち込まれると
穴が開いてしまうらしいのだが、自衛隊の宿舎は、どうやら、
大野長官の言葉からすると、そんなおざなりな防御構造ではないようだ。

その通りとするなら、状況がはっきりして落ち着くまで、
自衛隊は駐屯地に立てこもって動くなくていい、と思う。
格好なんて悪くたってなんだって、怪我しないこと。

イラクに出て行った以上、そこで自分たちを守ってくれるのは、結局、自分たち自身――。
再延長がなければあと5ヶ月……、なんと言われようと、
自衛隊は傷つくな――と祈りたい。
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by yodaway2 | 2005-06-23 16:32 | 日本とイラク、どうなる
斎藤さん殺害の声明、ニュースに幕が下りてしまった……。
28日、正午のNHKニュース――。
トップに、イラク、武装勢力に捕らわれていた斎藤昭彦さんについて、
武装勢力がネットに「殺害した」と声明、とのニュース……。

政府は事実確認中としているけれど、声明のとおりと思う。
やはり、生還はかなわなかった。

                    ※※

44歳。私と年齢も、それほど変わらない。
彼の行動は自己責任であるし、PMC、民間軍事会社に
参加していたことについても、危険は覚悟のうえであったかもしれない。

斎藤さんは今年の2月、マルセイユのアパートに戻り、
そのときに隣の不動産会社の女性に、バグダッドで
車が攻撃を受け、危うく命を落としかけたと、そう話したのだという。

そのときの斎藤さんの話し振りが、それが
とても穏やかだったのだとも……。

                    ※※

斎藤さんの行動について、過去のエントリーにおいて、
さまざまご意見をいただいたけれど、いまは、あまり、議論したくない。

ただ、今回の事件で、PMC(プライベート・ミリタリー・カンパニー)という
”新語”が登場したけれど、これまでだって、案外、
政府関係機関、日本の海外進出企業などでは、
そこが政情不安定な国であれば、どこかの会社、機関に、
警備、警護を依頼してきた例は、少なからずあるように思われる。

それに今回、日本人、斎藤さんがスタッフに加わっていたというのは、
ショックではあったけれど……。

                    ※※

静かに……、「斎藤さん、イラクで拘束」のニュースに、
幕が下りてしまった。


                    ※※

斎藤さんの事実確認、遺体確認については、現地の状況からすれば、
とても困難だと考えざるを得ない。

気になっていたけれど、すでにニュースで取り上げられることは少なくなっていた。
今回の声明で、斎藤さんのニュースは、これまでにもまして減っていくのだろう。
たぶん、もう、メディアは伝えなくなるのではないか……。

一人の人間の人生……。
人々の記憶からも消えていくのだと思われる。


                    ◇◆
≪これまでのエントリー≫
・戦争のプロ、斉藤氏の心に去来したのは何か――?(5月13日)
・斎藤さんの生き方……。私たちに欠けているものがあるかも。(5月14日)
・斎藤さん、宗教指導者が仲介の用意も――の記事!(5月16日)
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by yodaway2 | 2005-05-28 12:29 | 日本とイラク、どうなる
斎藤さん、宗教指導者が仲介の用意も――の記事!
(★14日UP、「斎藤さんの生き方…。私たちに欠けているものがあるかも」の続きです。
お時間があれば、ぜひ、合わせてお読みいただければと思います。)

                    ◇◆

共同の記事。イラク西部ヒートの有力宗教指導者、ヤシン・ハンバリ師が、
15日、共同通信のインタビューに応じ、拘束されている斎藤昭彦さんについて、
求められれば解放を仲介する用意がある――と語ったとのニュース。
・共同→斎藤さん解放、仲介の用意 ヒートの有力宗教指導者(05月16日09時26分)

昨日、武装勢力がインターネットで公開した映像にも斎藤さんの姿はなかった。
しかし、そこには「ジャパニー、ジャパニー、ジャパニー」と叫ぶ声が。
「ジャパニー」が「日本人」を意味するものでは、との分析が報道に。
また、「我々は重傷を負った日本人を拘束した」とのテロップもあった。

PMC(民間軍事会社)について議論があろうとも、
また、そもそも戦争について議論しなければならないとしても、
彼の生還を祈りたい気持ちでいる。

                    ※※

なお、PMCと日本政府、自衛隊のPKO、復興支援、あるいは日本のODA事業、
海外で事業展開する商社、民間企業、NGO、報道機関などとの関わりについての報道が、
なかなか探し出せない。(これまでのところ、私には見つけられなかった。)

PMCについて、あるいは斎藤さんの行動について、いかに否定的な立場に立とうとも、
こうしたPMCには、私たちが考えている以上に、日本は深く関係していて、
案外、ひょっとしたらだけれど、日本関係の依頼が、かなりの
パーセンテージにのぼっている、などということはないのだろうか。

PMCとは、フツーの国民にとっては、耳新しいと言えば耳新しい言葉だが、
関係者にとっては、すでに、ずいぶん昔から、知らない人はいないような気が、強くする。
私自身は、PMCについて、あるシンクタンクのレポートで読んではいたが、
実は、あまり気にとめていなかった。

それで、たとえばイラクに、こうした会社のエージェントが、
いま現在に限った話だけで、2万人もいるらしい――とまでは知らなかった。
しかし、振り返ってみれば、さもありなん、とも思った。

                    ※※

「光あるところ、影あり」の言葉が、ふと、心をよぎった。

                    ※※

彼がなぜ、何を考えてイラクに赴いたのかは、
彼に聞かなければわからないこと。

ただ、私にはお金目当てで、彼が戦地、イラクに行ったのだとは、思えない。
理由を言うのも難しいが、そういう気がしている。

                    ※※

重ねて、斎藤さんの生還を祈りたいと思う。


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by yodaway2 | 2005-05-16 16:42 | 日本とイラク、どうなる
斎藤さんの生き方……。私たちに欠けているものがあるかも。
1つ前のエントリー、「戦争のプロ、斉藤氏の心に去来したのは何か――?」に続いて、
イラクで負傷し、拘束されている斎藤昭彦さんについて。
(※できれば、ぜひ、前エントリーと合わせてお読みいただければ、と。^^)

                    ※※

GW、そしてGW後、共にバタバタしてブログ活動に手が回らなかった。
さまざまなニュースが来ては去り、来ては去りするなかで、
なぜか、このニュースが、斎藤さんの消息が、一番、気になっていた。

                    ※※

午後9時のNHKニュース。他、ニュースサイトを一巡。
斎藤さんの消息について、武装勢力の襲撃から逃れた生存者に、
日本政府が直接、聞き取り調査を行ったとのこと。

生存者は次のように語ったという。
「斎藤さんは銃撃を受け、傷は大変重く、大量の出血があって
助からないと思った。しかし、生死は確認していない」(サンケイ)

そうだとすれば、生還はとても難しい。
けれども、この情報、救出活動の困難さに予防線を張ってのものかもしれない。
確かなことは、わからないのではないか。

                    ※※

前エントリー記述のとおり、斎藤さんはPMC、民間軍事会社の要員、
プロフェッショナルとしてとしてイラク入りした。
だから自己責任――、なのだと思われる。

にもかからわず、私は、
どうにかして、彼に生き延びてほしいと願っている。

                    ※※

結論として、私は、彼の経歴、歩みに、生き方に、ホンネのところで、
少し賞賛を贈りたい気持ちで、彼のニュースを聞いてきた。

自衛隊を退職しての単身渡航。
言葉も知らないなかでのフランス外国人部隊への志願、入隊。
数年を経ずに頭角を現し、曹長に。経験を重ねて准将に。

仏語も堪能であったらしく、仏部隊では、
日本人の入隊志願者があるときに、面接官、通訳もつとめたというほど。
仏語だけではなく、5ヶ国語が話せた、との話まである。

仏外人部隊は、フランスの関係する激戦地には必ず投入される最精鋭部隊。
そのなかで、彼は周囲の信頼を、いつもかち得ていた。

                    ※※

日本人は、たとえば海外で何かいざこざがあっても、
あるいは犯罪に巻き込まれても、反撃もしなければ、訴えもせず、
泣き寝入りしてしまうことが多いのだという。

国際間の諍いについても、憲法で武力による解決が禁じられているとしても、
どうせ何もしてこない――と、相手に高をくくられているような印象がある。

社会のなかでも、何かたくましさが欠けてきつつあり、
知的ではあるけれど、やさしい。

それは、国家としての印象であれ、日本人としての印象であれ、
美徳には違いないし、平和を尊ぶ姿勢は誇るべきこと。
だが、これから先、日本が、日本人が、究極のサバイバルを強いられるような
状況に追い込まれたとき、それを乗り切るだけの知恵とエネルギー、
バイタリティはあるのだろうか……。

                    ※※

しかし、どうだ。
日本人のなかにも、自分の命をさらす生き方を、自ら求める人がいる。

仏外人部隊には、米国の軍出身者、旧ソ連、東欧出身者、
南アフリカ共和国出身者などが多いとされるなかで、
日本人の隊員も40人ほど混じっているという。

戦争をする人々を美化することなどできない、というのは、もちろん正論。
それは承知しているが、とくに今回、聞き知った斎藤さんの生き方には、
何か、多くの日本人には欠けているものがあると、そういう気持ちになった。

                    ※※

戦争は誰しも望まないこと。
しかし、人類の歴史のなかで、戦争は絶え間なく繰り返されてきた。

また、平和主義に固執するあまり、かえって戦争を招いたこともあった。
ナチスドイツの台頭を許したのは、当時の英国はじめ、
”国際社会”が主張した平和主義だった。

ヒトラーは事なかれ平和主義の間隙を縫って、
ベルサイユ条約で解体されていたはずの空軍、海軍を密かに再建し、
オーストリア、東欧、フランス、ロシアへと侵攻を始めた。

話が飛躍したので、戻したい。
要は、世界が平和であれば、それはほんとうにすばらしいこと。
でも、いったん緩急あれば、座視しているだけでは済まないこともある。

少なくとも、いかなる形であれ、国家レベルの安全保障が
軍事的なパワーと無関係に成立するのは、現実には、難しそうだ。

                    ※※

斎藤さんの生き方を美化するのは邪論――。
しかし、泰平の世にも思える日本にあって、
斎藤さんの生き方に学べる面もあるのでは……などと考えながら、
いまも斎藤さんのニュースを聞いているし、生還を願っている。


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by yodaway2 | 2005-05-14 22:35 | 日本とイラク、どうなる
戦争のプロ、斉藤氏の心に去来したのは何か――?
イラクで、8日に武装勢力に襲われ、重症を負い、
いまなお、拘束されているとされる日本人、斎藤昭彦さん(44)のニュースについて。
斎藤さんは英国の警備会社、ハート・セキュリティに所属していて、
米軍の物資輸送を警護していたなかで、襲撃に遭った。

●PMC、プライベート・ミリタリー・カンパニーとは。

こうした警備会社はPMC(プライベート・ミリタリー・カンパニー)と呼ばれ、
冷戦終結後に誕生、15年前の湾岸戦争を契機に急拡大し、
世界各地の戦場で、戦闘行為以外の軍事活動を請け負っているのだという。
それゆえ、「傭兵」とは線引きされるとのことなのだけれど、
――が、しかし、それはタテマエに聞こえてしまう。

「傭兵」のイメージは強く、実際に、あまり
変わらないのではないのだろうか。

事実、斎藤さんの襲撃時の任務は米軍車両の警護――であり、
それは襲撃を受ければ(実際に襲撃されたが)、米軍を守るために、
戦闘せざるを得なかったわけだから。

やはり……、「傭兵」なのだと思う。

                    ※※

●日本人隊員の間ではカリスマ的な存在だった……。

斎藤さんには自衛隊の精鋭、第一空挺師団所属の経歴があり、
フランスの外国人部隊に入隊、21年間、各国の紛争地域、戦地を渡り歩いた。
世界中から集まる戦争のプロのなかでも、極めて優秀であったらしく、
入隊4年後には第2空挺部隊の軍曹に昇進、退役時には准将であったという。
仏外人部隊に所属する日本人同僚にとっては、カリスマ的な存在でもあったようだ。

フランス外国人部隊所属当時の、写真や映像で見る斎藤さんは
顔つき、体つきはいかにも精悍にして屈強――に見える。
おどける映像にも、何か動物的な俊敏さがあり、
逆にすごみさえも感じてしまった。

                    ※※

●フォーサイス、「戦争の犬たち」を思い出した。

事件発生のニュースから、早くも5日経った。
一番最初に、ニュースを聞いたそのとき、すぐにスパイ小説の巨匠、
フレデリック・フォーサイスが原作した映画、「戦争の犬たち」を思い出した。

主人公は傭兵部隊のリーダー。英国政府の密命を受けて、
戦争のプロとして、アフリカのある国に侵入、クーデターを仕掛ける。
フォーサイスの実体験に基づくストーリーとのことだった。

                    ※※

●映画の一場面、主人公は無言……、しかし心の内側が。

ずいぶん前に見た映画――。
私の記憶が正しければ……だが、最初の方の場面、
主人公がいずれかの戦地から英国の、自分の
アパートに戻ってきたときのようす。

古びた外観の、石造りのアパート。
雑然とした室内、片手に留守中に届いた手紙を握りながら、
冷蔵庫からビールなのかコーラなのか、何かビンを取り出す。

栓を抜いて喉につぎ込む……、夏だったのかもしれない。
そのままテレビの前に。

スイッチを入れ、ニュースが映る……。
ブラウン管に一匹の虻(あぶ)か蝿(はえ)か、
あるいはゴキブリだったかわからないが、けっこう、ごつい虫が這っていた。

主人公は無造作に手のひらを、ダァン……、と
ブラウン管に叩きつけ、つぶしてしまう。

そして手紙を開く……。それは、
新たな指示(ミッション)を暗示する、「財団」からのものだった。


まったくセリフのない場面……、しかしこの場面だけで、
主人公の背景、心のなかが浮かび上がった。

                    ※※

●マルセイユ、古びたアパート、扉に張られたメモ、表札……。

一昨日、テレビのニュースで、斉藤さんが借りている、
フランス、マルセイユのアパートの映像を見た。

まったく、あの、「戦争の犬たち」の主人公の住処(すみか)と似ているので、驚いた。
やはり、古びた石造りのアパートで、扉も飾り気がなく、
そこには「郵便物は隣の不動産屋に」の、小さなメモが張られていた。
表札は郵便物の差込口に、小さく「MR AKIHIKO SAITOU」のみ。

                    ※※

●命を落としかけた――と、穏やかに話したという。

その部屋は、斎藤さんが外人部隊を辞めたあとに借りたもので、
テレビでは、郵便物の受け取りをお願いしたであろう不動産会社の女性社員が、
斎藤さんの印象を話していた。

「私自身が斎藤さんに会ったのは今年2月が最後でした。
バグダットから帰ったところだと言いました。
彼は危うく戻って来られないところだったと言いました。
イラクで彼の車が攻撃されたんだそうです。
彼はそのことを、穏やかに笑顔で話していました」。
(12日、NHKニュース10他)

                    ※※

●自分について語らず、戦地を歩いた……。

斎藤さんはフランスの外人部隊を辞めるときにも、
その理由を周りにあまり話さなかったという。
部隊所属の間には、自分のこと――、つまり日本のこと、
家族のことなどは、ほとんど話さなかったともいう。

また、日本の家族とも長い間、音信普通であったといい、
家族はフランス外人部隊に所属していたこと、
その後にイラクに赴いていたことなども、
まったく知らなかったらしい。

                    ※※

長く戦地を渡り歩きながら過ごした人生――。
何かに憑かれるようにして、生きる意味を求めて、
生死の境に身をさらしながら戦ってきたようにも思えてくる。

                    ※※

イラク戦争にはさまざまな議論はある。
PMC、戦争の”民間委託”、”下請け”――についても同様。
しかし、いまはそれを論ぜず――。

生還を祈りたい。


★「斎藤さんの生き方……。私たちに欠けているものがあるかも。」に続く。
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by yodaway2 | 2005-05-13 19:30 | 日本とイラク、どうなる