週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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カテゴリ:イースター島文明の警告( 1 )
地球環境;イースター島が警告する、人類の未来とは――?
突拍子もない話なのだけれど、私たちの住んでいる、この地球、
いったい、いつまで持つのだろうか……と、
そんなことを考えることがある。

まるで子どもがする空想のようでもあり、笑われるかもしれないが、
でも、今日はこのことについて書き留めておきたい。
実はずっと、書こう、書こうと思っていた。

                    ※※

●NHK「世界遺産の旅」を見ていて思い出した、イースター島の話……。

1ヶ月ほど前だったか、帰宅してテレビを見たら、ちょうど、
「地球探検ロマン――世界遺産の旅」という番組だった。
そのときのテーマが、モアイの石造で有名なイースター島だったのだけれど、
それで思い出した話があった。
・NHK 世界遺産の旅 → チリ・イースター島

もう3年も前だろうか……、ある会社から環境問題に関わるシンポジウムの
プロデュースを請け負ったことがあった。そのときの講師のお一人に、
東大大学院の石弘之教授(いし・ひろゆき)がいらっしゃって、
同氏に環境史から見た、イースター島文明についてお話いただいた。

環境史とは、あまり耳慣れない言葉かもしれないけれど、
簡単に言えば、自然環境の変化が人類史、ことに
政治や社会体制のありようにまで、大きな影響を与えてきた――とする見方。
その事例として、イースター島文明の興亡をとりあげられた。

(※以下は、そのときのお話、著書等を参考にし、かつ、
筆者(yodaway2)が情報を整理した内容となります。)

                    ※※

●なぜ、巨石文明は興り、滅びたのか。

イースター島は南太平洋の絶海、南米チリの沖合い3800キロに浮かぶ小さな島。
大きさは、日本の小豆島ほどでしかない――。
ここに、モアイの石造に象徴される文明が栄え、滅びた歴史があって、
世界七不思議のひとつにも数えられてきた。

なぜ、滅びたのか――。
このことは、イースター島の文明の起源とともに、長く謎とされていたが、
1980年代半ば、ニュージーランド、マッシー大学のジョン・フレンリーらが
科学の光をあて、解き明かされることになった。

                    ※※

●人口爆発に島の環境が変化……、その結末は。

イースター島に最初、渡り住んだのは、どうやらポリネシア人の数十人だったらしい。
紀元後5~6世紀のことらしい。それがある時期、小豆島ほどの面積しかないこの島で、
人口7000人以上にまで爆発してしまった。

そこで何が起きたのか――。
部族間で争いが起き、食糧を奪い合い、あらゆるものを食べつくし、
エネルギー源であり資源でもあった樹木を刈り尽くし、生産手段を失い、
最後は互いを食べあうまでになったのだという。
島の環境が激変した結果だった。

そして……、その争いのなかでモアイの石造は倒され、
長く繁栄を誇ってきた文明は滅びた。

                    ※※

●イースター島の興亡に、地球の未来がかすんだ。

ジョン・フレンリーらの研究を知って、
イースター島文明の興亡の歴史は、すなわち、
地球と人類とに対する警鐘である――と、多くの人々が衝撃を受けた。

イースター島で起きたことは、
私たちの生きている地球全体の未来においても、
絶対に起こらない――とは限らない。

                    ※※

●最初、渡り住んだポリネシア人、10数人から始まった……。

石教授のお話の要旨は以上のとおりであった。
以下に、キュルキュルとテープを巻き戻して、少し補足を交えつつ、最初から。

まず、イースター島の人々がいつ、どこから来たのか、について。
長く、さまざまな説があり、ノルウェーの有名な文化人類学者、
トール・ヘイエルダールらは南米人渡来説を唱え、
実際にコン・ティキ号という筏でペルーを発って、実証しようとしたりした。
しかし現在は、DNA鑑定の結果、イースター島の人々はポリネシア系と判明し、
だいたい紀元後5、6世紀に、数十人の規模で渡来した――との説が有力となった。

ポリネシア人は、全地球上の面積の20%を占めるほど、
世界で最も拡散した民族で、紀元前1500年頃、東南アジアから大平洋に乗り出し、
数千キロも航海して、北はハワイ、南はニュージーランド、
そして東の果てに、イースター島までたどりついた。

                    ※※

●いまはほとんど樹木のない島が、かつては森におおわれていた。

現在のイースター島に木、とくに高木はほどんどない。
NHKの番組で植林の取り組みが紹介されたが、いまある、
少ない樹木も、ほとんどが人工林なのだという。

18世紀に初めて、この島に上陸したヨーロッパ人たちも、
現在と同じように、木がほとんどない、荒涼とした
イースター島の光景を目にしている。

ところが近年、チリの大学とアメリカのウィスコンシン大学が共同で、
古い土壌に残っている花粉からイースター島の植生を調査したところ、 
ポリネシア人が島に住み始めた1600年ほど前は、
おそらく最低30種類以上の大きな木があったということがわかった。

つまり、イースター島はかつて、木に覆われた緑豊かな島だった。
けれども、天然の木はほとんど消えてしまい、いまは、人工林だけ。
では、なぜ、どのようにして木がなくなったのか……。

                    ※※

●イモ類の栽培に余暇が生まれ、石造文明が誕生。

紀元5、6世紀、イースター島にやってきたポリネシア人たちは、
前述のとおり数十人程度で、そのとき彼らは舟にサツマイモ、タロイモ、
バナナ、ニワトリなどの食糧を船にのせていたと考えられている。
彼らは島でそれらの栽培や飼育を始めた。

イモ類は非常に農作業の時間が短く、一度植えてしまえば、
放っておいても芽が出て育つ作物で、人々にはたっぷりと時間があったに違いない。
また、島は森に覆われ、石も豊富にあった。……ということで、
島には、やがて文明が生まれる。

                    ※※

●氏族の先祖崇拝の対象であったモアイ像。

もともとポリネシアには、石の像を造って祖先の霊を祀る「祖先崇拝」の習慣があった。
そこで、この島にやって来た人々もせっせと石像――モアイづくりに励み、先祖を崇拝した。

島では時間の経過とともに人口が増えだし、氏族、部族が生まれ、
それぞれモアイ像づくりにも競いあうようになった。

モアイ像をつくる石切り場は限られており、そこでつくった像を、
各氏族、部族は自分たちの村まで運ばなければならなかった。

NHKの番組では、その運搬方法について諸説、紹介があったが、
概ね丸太を敷いて、その上を転がしたというのが、有力な説。
石切り場から建てる場所まで運ぶのに、長い場合は20kmもの距離があり、
競争によって大きな石像をつくればつくるほど、それだけ膨大な量の
木を伐採する必要が生まれた。

●「人口爆発」がイースター島に引き起こしたこと。

最近の研究で、住居の跡や、食べがらの量を調べた結果、
島の人口の変化がわかってきた。

最初数十人だった島の人口は徐々に増え、人々が島に流れ着いてから
1000年経ったころ、7000人以上、一説には10,000人以上にまで膨らんだのだという。
この小さな島で人口の大爆発が起きてしまった。

そのときに、イースター島では、
一体どのようなことが起きたのだろうか――。

                    ※※

●食糧、天然資源を採り尽くし、さらに……。

食料がひっ迫しはじめた。
人々は島中で食料になりそうなもの、つまり海鳥、周辺の魚や貝などを、
次から次へと食べ尽くしてしまう。

一方で人口の増加に伴い儀礼がどんどん盛んになり、
そのなかでモアイ像も、ますますたくさん造られるようになった。
そのため、石を動かすのに木がどんどん切り倒された。
また、人々の住居やエネルギー源としても、どんどん木が切られていった。

木がなくなると、漁に使う丸木舟も造れなくなり、
舟がなくなれば、沖へ出ての漁ができなくなってしまう。
……それで、ますます食料を得ることが難しくなってしまった。

また、衣服も木の皮の繊維から作っていた。
それで、木がなくなったことによって衣服も作れなくなり、
最後は毛髪で編んだ褌のようなものを身にまとうだけになってしまう。

                    ※※

●部族間が争い、モアイは引き倒された……。

食料資源を失い、全く天然資源を失ってしまった人々は、どうしたのか……。

同胞同士の食い合い、つまり敵対する一族をつかまえて食べてしまう、
ということが始まってしまった。島にある洞窟の中からは
人を食べた跡らしく、人骨がいっぱい出てきている。
人骨の中には、頭蓋骨を割ったり、骨を叩き切って
骨髄を取り出したような跡――、つまりカニバリズムの証拠も見つかっている。

すべての食料、天然資源を採り尽くしてしまった島の人々は、
異なる一族のモアイ像を倒し、戦争を仕掛け、人を捕まえて食べはじめた。
人口はまたたく間に激減、百数十人にまでになり、島の文字、
ロンゴロンゴを読める人もいなくなった。

……かくして、イースター島の文明は崩壊した。


●地球の人口は63億人超……、2050年には100億人突破の推計。

イースター島で起きた悲劇は、やはり、この地球の未来にも、
大きな警告を発していると、考えたほうがよさそうだ。
地球の人口は、現在、63億人を超えたと言われている。
・→推計によっては6,447,925,519人、US.Census Bureau、15日23:06

地球の人口は200年前には9億人足らず、100年前にはおよそ16億人。
日本、先進諸国などでは人口減少が社会問題となっているけれど、
アフリカ、アジア、南米では、いまも人口増大は止まらず、
2050年には100億人になるとも推定されている。
お隣の中国も今年、05年1月に13億人を超えたと発表があった。

                    ※※

●地球もイースター島と同じ限られた空間……。

地球もまた、イースター島と同じく、人類にとっては限られた空間で、
そこで人口爆発が起こっている。

いま、毎日のニュースで原油の高騰が報じられている。
それは一時的な問題ではなく、将来の需給ひっ迫が背景になっていそうだ。
食糧もしかり、穀物、野菜、食肉、漁業資源……と、どれも心配。
また、指摘されることが少ないが、水資源もそう。

砂漠化が進み、貴重な森林も失われる傾向にあり、
温暖化が進んでいるのも周知の事実。

                    ※※

NHKの番組、「地球探検ロマン、世界遺産の旅」は
子どもにも楽しめる番組のつくりになっていると見受けられ、
たぶん、教育的な配慮もあって、イースター島に学ぶべき”核心”がぼやけた。

大きな話を書いてしまい、ちょっと気恥ずかしいが、
人類が環境を変え、壊していく結果として、
地球がイースター島と同じ運命をたどることなど、
絶対にないとは、やはり言い切れない。

                    ※※

長くなってしまった。
ここまでお読みいただいた方には感謝したい。



※参考文献;「環境と文明の世界史―人類20万年の興亡を環境史から学ぶ」(石弘之・安田
喜憲・湯浅赳夫共著、洋泉社新書)、「地球環境報告Ⅰ・Ⅱ」(石弘之著、岩波新書)、他。

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by yodaway2 | 2005-06-15 23:52 | イースター島文明の警告