週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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カテゴリ:私がこだわる3つの言葉( 1 )
学生時代に出会った3つの言葉――権力や思想をめぐって
私事なのだが、2ヶ月ほど前、学生時代からの友人が子息を伴って、
わが町まで遊びに来てくれた。
今年、大学生となった子息が車を購入したと言い、
わが町までの旅行は、その試運転を兼ねてとのことであった。

●朋あり、遠方より来る……

高速道路を飛ばして4時間余り……、彼らが着いたその日の夜は
繁華街に繰り出し、久しぶりに痛飲した。

そして友人氏と、大学に入ったばかりのその子息と話しているうちに、
自分が子息と同じ年齢であった頃、どうだったかと、ふと思い出にひたってしまった。
友人氏もたぶん、同じだったろう。

私が大学を卒業したのは、いまから25年も前になる。
学生運動のピークはすぎていたけれど、キャンパスには、
まだ残り火がくすぶっていたし、司法試験などをめざして6年生、7年生と、
留年を繰り返す学生も、ごくあたり前にあふれていた。

そんな雰囲気だったけれど、私はサークル活動とアルバイトに明け暮れ、
出欠を取られる授業をのぞいて教室には近づきもせず、
試験ともなれば友人たちからノートを借りまくって切り抜けた。
そんな学生時代だった。


●学生時代に出会い、こだわってきた3つの言葉

長々と前置きを書いてしまった。
彼の子息と話しながら、そのときどうも……、今の自分が、
ろくすっぽ勉強などしなかったはずの学生時代から、
あまり変わっていないのではないかと、酩酊しつつ考えていた。

そして、自分自身のこだわりが、どうも学生時代から、ずっと
引きずっているものではないかとも。

そのとき、私は学生時代に出会った3つの言葉を思い出していた。
いずれも、入学して1年目の教養課程で、たまたま出席した、
別々の講義で聞いた言葉だった。

それはそのまま、自分自信のこだわりの大きな部分でもある。
そして、忙しく時を経る中で忘れかかったもいたけれど、でもいつもどこかで、
ひっかかっていた――、そんな言葉なのだ。

その1つめは「少数支配の鉄則」、2つめが「権力は腐敗する」、
そして3つめは「思想は存在に拘束される」――だ。


●その1/少数支配の鉄則

「少数支配の鉄則」――。
少数支配は寡頭支配とも言われるが、それは全く同じ意味。

あらゆる人間の集団は少数の支配に収斂されていく――、
簡単に言えばそういうことになる。聞いたのは政治学原論の講義だった。

政治学では基本的なテーゼのひとつだと思う。
また、これは経験則と言えば経験則なのだろうし、
ひょっとすると人間に限らず、それは言えるかもしれない。

一般の会話で「権力」という言葉が使われるとき、
それはあまりよい響きではないと思う。
「あの人は権力者だ」「権力志向が強いんだよ、彼は」……などなど。
しかし「権力」それ自体に、実は、もとから善悪があるわけではない。

つまり良い権力、悪い権力があるわけで、権力の善悪は
使う人間の問題であり、使われ方の問題なのだ。

なお、ちなみに、政治とは何か――についてだけれど、
純粋に言葉の意味を突き詰めれば、それは、
「人間社会における支配と被支配の関係」――と、
やはり私の大学時代の恩師の一人が語っていた。
それは政治制度の種類を問わず、共通していることなのだろう。

だから、政治の場における「権力」の存在は、ことさらに避けられるものではなく、
それゆえ、いかに正しく、合理的に権力が使われるかこそが、問題の核心になる。

「少数支配の鉄則」……、このことを前提にするなら、
私たちはいかなる少数者、つまりリーダーを望み、そして
いかに政治を託すのかということになると思う。


●その2/権力は腐敗する

2つめの「権力は腐敗する」について。

これはまったく読んで字のごとし。
どこかに出典を求める言葉というより、これも経験則ではないかと思う。
マルクスの資本論のなかに出てきたと、ある人が言っていたが、
私に真偽はわからない。

このことは議会、政治に限った話ではなく、
あらゆる組織、あらゆる制度に共通して、この傾向を明らかに感じる。

それゆえ、権力者は自分自身の腐敗と戦い、自らを刷新し続けなければならなし、
それができなければ、その権力の正統性は失われてしまう。

これは政治の場において、権力交替の可能性を
担保しなければならないことの、裏返しの論理でもあると思う。


●その3/思想は存在によって拘束される

3つめの「思想は存在によって拘束される」――、
短く「思想の存在被拘束性」とも言われる。

F・ベーコンの思想と関係して聞いたように記憶しているけれど、
なにせ四半世紀前のこと。定かではない。もしお詳しい方がいれば、
改めてお教えいただきたいと思う。

この言葉の意味するところは、人の思想は存在の反映であり、
必ずしも普遍的なものではないということ。
別の言い方をすれば、人の考えは、誰しもそれが、自らの存在に
深く関わっているということになる。

だから、いきなり卑近な例になってしまうかもしれないが、
外交官は外務省のキャリア制度をなかなか否定できないし、
建設省の官僚や建設業者は公共事業の縮小になかなか積極的になれない。

少々荒っぽいかもしれないが、そういうことだと思う。

                    ※※

私は社会のさまざまな出来事、政治の動きをみるとき、
いつもこの3つの言葉――それを直接思い浮かべないまでも、
これらの言葉に、心の底のほうでひっかかってきた。

今日もニュースでは、参議院選挙、イラク問題、北朝鮮問題、
三菱自動車問題……と取り上げられるけれど、やはりこの3つの言葉に映して
考えることができるように思うのだ。


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by yodaway2 | 2004-06-29 16:18 | 私がこだわる3つの言葉