週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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古賀派、谷垣派が合流、――眠りを覚ます保守本流、宏池会。
自民党の2つの宏池会(こうちかい)、古賀派、谷垣派の合流が、
16日に正式に合意された。会長は豪腕、古賀誠氏(党選対委員長)、
ナンバー2の代表世話人には谷垣禎一氏(党政調会長)が就き、
正式なお披露目、すなわち資金集めのパーティは5月とのこと。

宏池会は保守本流を自認し、合流後、61人の所帯となり、
第2派閥の津島派68人に迫る勢力になる。
 
自民党という、コップの中の出来事ではあるけれど、
今後の政局の展開をにらみ、いちおう記事をクリップし、
軽くまとめてみたい。

・毎日→自民党 古賀・谷垣両派合流で合意 新派閥誕生へ
(1月17日10時7分配信)


                ※※

もともと宏池会は00年11月に加藤紘一元幹事長が
ときの森喜朗首相に退陣を迫った「加藤の乱」で分裂、2つの派閥となり、
その後、どちらも宏池会の名を譲らず、本家、家元争いを続けてきた。

どちらも同根なのだから、もっと早く復縁してよさそうなものだったが、
近親憎悪のような感情もからみ、時間がかかったように見受けられる。
しかし、2つの派閥とも、小泉政権下で冷遇されたことで、
保守本流としての危機感も募り、歩み寄ることになった。

合流への働きかけは谷垣氏の側から、より強く行われた経緯がある。
派閥と言っても15人足らずで、人事面でも悲哀を味わい続け、
たぶん資金面でも、派閥の維持が楽でなかったはず。

古賀派内部では、総裁選に出馬した谷垣氏その人への
反発が強いとも言われたが、谷垣氏が腰をかがめて門をくぐり
(すなわち、自身の総裁選への意欲を一切示さず、
白紙として)、ようやくまとまった。

                ※※

宏池会の名は、陽明学者の故安岡正篤(やすおか・まさひろ)氏が命名したもの。
後漢時代の碩学、馬融の「高崗のうてなに休息して宏池を臨む」の句にちなみ、
宏池会設立趣意書によれば、「自得するところあって動ぜず、
綽々たる余裕ある」との気構えの意という。
(参照;宏池会設立趣意書=日本の論点PLUS)

安岡氏は終戦詔書に朱筆を入れたとされ、歴代総理(田中角栄氏のように
遠ざけられた総理もあり)、政界、財界首脳の影の指南役と言われた。
陽明学は中国、明代に王陽明が唱えた儒教の一派で、
「知行合一(ちこうごういつ)」などの言葉が有名、実践主義の響きがある。

宏池会創設者は池田隼人元首相で、吉田茂元首相の薫陶を受け、
軽武装経済重視(=ハト派)の傾向が強いとされる。ちょうど、
現在の町村派(清和政策研究会)、派閥横断では先ごろ発足した
中川昭一氏の勉強会「真・保守政策研究会」などと対極になる。
(※福田総理は清和政策研究会出身だがタカ派とは見られていない。ただし、
本人はハト派と言われるのを嫌っているとの報道があったと記憶している。)


これまで、宏池会からは池田氏のほか、
大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一と、4人の総理大臣を輩出したが、
加藤の乱のごとく、ここ一番の政局、戦いに弱さを見せ、
お公家集団とも揶揄されたりした。

                ※※

2つの派閥の合流は、もちろん、近くは解散総選挙をにらみ、
次には政界再編に備えるもの。……実は筆者は最近、
すぐに解散はないと考えるようになっているが、
メディアなどでは3月危機説もさかんに言われている。
それで、何が起きても不思議とは言えず、
合流はその中での出来事なのだ。

政治は数、数は力となる。それが脆弱であれば、
いかなる理想を語ってもむなしい結果になる。

今回の2つの派閥の合流、つまり復縁は、
大義名分としては保守本流の糾合にあるけれど、
当然にして、極めて現実主義的、経済的、ポスト的な
要請、損得勘定の結果でもあり、次の選挙と、
それに続く政局、権力闘争に備えるものとなる。

生き残りを賭けた闘争、戦いの場は、
やがて、必ず訪れるのである。


なお、もともとの宏池会の流れをくむ派閥に麻生派もある。
麻生派は河野派が衣替えしたものだが、麻生氏は自ら認めるタカ派であり、
今回の合流には加わらなかった。

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by yodaway2 | 2008-01-17 16:32 | 風雲急!政局と選挙