週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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政治闘争、再開。コイズミ首相の迷いと……、そして孤独。
下記のトピックにいただいたコメントへの返信の続きとなります。
皆さまからいただいたコメントは、いずれも、私にとっても非常に
刺激になりましたし、勉強になりました。^^;

presidentbushさんのコメントについて。
皆さま、書き込みの時間を見て、びっくりしているのでは……と思います。
米国在住(留学中?)らしく、時間はそのせいと思います。
あちらでは何時の書き込みなのでしょうか。

presidentbushさんは「大統領の大統領による大統領のための……」との
タイトルでブログを運営なさっていて、米国大統領選挙について、
このうえなく、わかりやすく解説しています。
どうぞ皆さま、ぜひ、ご訪問ください。


●コイズミ首相の政治手法だった「going public」、……それが。

さて、presidentbushさんからいただいたコメントのなかに、
「going public」という言葉がありました。
(※すぐ下のトピックです。意味はそちらでご覧ください。)

「going public」……この言葉、どこかで耳にしていたかもしれませんが、
忘れていました。それに、別と言えば別の意味ですが、ロシア革命のときに
唱えられた「ヴ・ナロード(人民の中へ)」を思い出してしまいました。

本来、コイズミ首相は世論の支持を、自らの政権運営の基盤にしてきました。
それが、今度の選挙で風向きが変わってしまったように見えます。
それでも、この「going public」は、なかなかかなわないかもしれませんが、
コイズミ首相が回帰を熱望している政治手法、キーワードととらえて
よいように思います。参考にさせていただきたいと思います。

さて、コイズミ首相はこの先、以前にも況して困難な道を歩まねばならないのは
たしかなことですが、政権についてすでに3年経っています。
ドッグイヤーどころかマウスイヤーなどと形容される今の時代にあって、
私自身は切なく思いますが、政権への飽きは早いのかもしれません。
どのみち困難さはやってきたのです。

ですから、こうした危うい政治バランスの出現は、ひょっとすると……なのですが、
コイズミ政権に刺激を与え、政治そのものにも緊張感を呼び戻すかもしれません。
逆の逆になる可能性だってある……と、私はそんなふうにも見ています。


●誰かがシナリオ……? その「誰か」を考える。

その意味では、ひとつ前のトピック、最後にコメントを入れていただいた、
yoshihirouedaさんご指摘の「誰かがシナリオ……」の話には、
少しご指摘の趣旨とはズレると思いますが、ひっかかります。

もし、このように危うい政治バランスを誰かが意図的につくり、
あとは右に転ぶか左に転ぶか……、などと見ているとしたら、
その「誰か」は、相当な手練(てだ)れの策士です。軍師、戦略家かもしれません。

「誰か」……なんて不確かな言い方だと思いますか?
諸葛孔明級の頭脳を持った一人の人間がいるはず――と、
そういうことを言いたいのではありません。

政治の世界にあっては、「誰か」は複数になりがちだと思います。
はっきり意識した幾人かかもしれませんが、
無意識の複数であるかもしれません。
運命の神様も参加しているかもしれません。

何よりも、私たち自身が、こうした危ういバランスを
期待したがためである可能性も高いと考えています。

つまり、私たち自身が……、その「誰か」にあたっているのかもしれません。


●選挙の結果……パラドクスの連鎖のように思えてきた。

とにかくこの選挙、パラドクスの連鎖みたいな結果ではないかと、そう思えてきました。
裏の裏に、そのまた裏に……と、読み進んでいくことができます。

シナリオ……、別の言い方をすると、可能性の高いシュミレーションとして、
「誰か」に仕掛けられたとするのは、おもしろい見方だと思いました。

企業の世界の戦いもすさまじいものと思いますが、政治の世界の戦いは、
やはり比較の域を超えています。
権力闘争であれなんであれ、想像を絶するほどに、すさまじいエネルギーが
渦巻いていることを、如実に感じ取ることができます。


●一人ひもとく漢籍は知謀の源か、癒しか……

政治の争いには、政策も、理想も、国家ビジョンも……
いろいろ問われると思いますが、それらが知謀の裏付けなくしては、
一片の紙切れほどの価値も生まれません。勢力も糾合できません。

逆に言えば、権力者は知謀の限りを尽くして闘争し、勝ち抜いた者であり、
そしてなおも、合理的な統治を心がけなければならない存在なのです。

開票の大勢が判明した12日未明、コイズミ首相は側近たちに、
「この数字でも、オレは行くぞ」――と言ったそうです。(読売サイトによる)

「行くぞ」――、つまり政権を引き続き担う、そう、自分で決めたのです。

でもこのとき、私は逆に、彼が心深く潜ませていた迷いを
見たような気がしました。

良い悪いはさておいての話です。


「この数字でも……」。彼のふともらした言葉の端に、
壮絶な孤独を、垣間見たような気がしたのです。


                    ※※

コイズミ首相は毎日、政務を終えて仮公邸に戻ると、一人酒を注ぎ、
漢籍をひもとくと言います。論語をよく読むとのエピソードを
雑誌か何かで読んだことがあります。

実際に、首相の演説――とくに国会の所信表明演説には
中国古典籍に由来する言葉が、たびたび登場しているようです。

漢籍――いずれも東洋政治学の叡智と思いますが、
彼にとっては闘争から逃れ、一人逍遥のできる、いやしなのでしょう。



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by yodaway2 | 2004-07-13 12:01 | 風雲急!政局と選挙