週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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都知事選;浅野氏の勝算は?――小が大を倒せるのかどうか。
東京都知事選について、続報――。

3日夕方、浅野氏が記者団に次のように話した。
「ここまで来れば後戻りしにくい状況。来週中には考えをまとめたい」
・共同→民主の推薦受けない方針 浅野氏、来週公約示す [ 03月02日 20時30分 ]

出馬は100%、確定的になった。
また、出馬にあたって、民主党の推薦は受けない意向であるとのこと。
これは2回目、3回目の宮城県知事選での姿勢とまったく同じで、
次のように話したのだという。

「(過去の宮城県知事選挙で)県民が主役の選挙をしたいと思った。
それ以外の選挙の仕方は想像できない」
・毎日→<都知事選>浅野氏、政党推薦は受けない方針 [ 03月02日 22時07分 ]

その一方で、支援まで断っているわけではないが、
そこが、しゃくにさわると思うグループがいるとも……。

                ※※

正確に言えば、浅野氏が推薦を申請しないのなら支援したくない、
というのではなく、実は、浅野氏のバックに菅氏がいるから支援したくない、
と言っているように聞こえてくる。

このあたりの舞台裏事情については、すでにいろいろ記事が出ているが、
簡単に言えば、民主党内における主導権争いなわけだ。

浅野氏は、最初、民主党からの出馬要請には、
完全に否定的な態度だった。……それが翻意したのは、
「浅野史郎さんを東京都知事に出馬させる会」が
催した「市民集会」であったということになっている。

浅野氏はそこで「感激して言葉がない」――と発言し、出馬に傾いた。

しかし、東京という、日本の心臓にもあたるスーパー自治体の
トップを狙う決断、行動が、ウエットな心情からだけ発するものなのだろうか。

浅野氏には、さまざま形を変えたアプローチがあり、
当然、菅氏とも話し合い(……それどころか、小沢代表とも
話し合ったかもしれない)、浅野氏なりに計算して、勝算を抱き、
決断に至ったのではないかと考える。

とは言え、前述、「浅野史郎さんを東京都知事に出馬させる会」の
発起人の代表格、五十嵐敬喜氏(法政大学教授)は菅氏に近い存在とされ、
オモテでは、浅野氏を引っ張り出すのに、非常に重要な役割を演じたのも、事実である。

                ※※

あまり長くなっては、お読みいただくのが面倒になるかもしれないが、
浅野氏の、もともとの政治志向について、ひと言だけ触れておく必要があると思う。

一つ前のエントリーでも記述したが、浅野氏は93年、
ゼネコン汚職で当時の本間俊太郎知事(逮捕、有罪)が辞職して行われた
宮城県知事選挙に、厚生省の課長を辞職し、告示日わずか3日前に出馬宣言をした。

しかし、浅野氏は、実は先に、仙台市長市長選挙にも
出馬を模索した経緯があった。仙台市長も、やはりゼネコン汚職で
逮捕され、辞職し、選挙が行われたのだった。
(これらの経緯は、たしか岩波現代文庫、
「アサノ課長が知事になれた理由」に記述されていた)

それどころか、浅野氏は、高校在学中から、友人たちに
将来、政治家になりたいと、夢を語っていたのだという。

実は、根っからの政治好きで、野心家だった。

だから、今回の都知事選挙でも「市民派」の看板を掲げるだろうが、
けっこう、政治の場の力学については、計算のできる人物と見てよいのだ。

逆から言えば、市民集会で祭り上げられたくらいで、
出馬しないと言っていたのを、ころりと変えるようじゃ、
仮に当選したとしても、危なくて都知事は任せられない。

ある意味、プロじゃなければ、かつての青島都政の二の舞になる。

                ※※

なお、浅野氏が3度の宮城県知事選挙を戦い、すべてに圧勝したのには
陰にT氏という選挙参謀の存在があった。

T氏は長崎県出身で、元国会議員秘書。――元、と言ってもかなり若い頃の話だけれど。
福祉関係の仕事をしており、浅野氏が厚生省時代に知り合った。
そして、宮城県知事選挙を戦うのに、彼を伴って乗り込んできた。

浅野氏が宮城県知事をつとめている間、陰ではなかなかの権勢ぶりで、
批判もあったが、浅野氏はそれにもかかわらず、彼を、
県外郭団体の理事長にすえるなど重用した。

実際、福祉関係については一家言あり、行動力もあったし、
なかなかの人物だった、と言わざるを得ない。

彼は、選挙事務所の真ん中に座るようなことは一切せず、
つねに、隠れていたが、選対(選挙対策組織、通常、後援会や推薦団体、
政党、推薦議員団などから構成される)の幹部は、みな、彼の指示で動いていた。

つまり、T氏はいわゆる「裏選対(うらせんたい)」を仕切り、陰の司令塔であった。
そして、その権力は絶大であり、幹部たちどころか、
浅野氏本人まで、彼の戦略、戦術には従順であった。
よく言えば、それだけの信頼関係があった。

いま、そのT氏がどうしているか、筆者はまったく知らない。

ただ、浅野氏とは旧知も旧知ということになり、
宮城県知事時代の関係を思えば、もう、縁が切れてしまった、とは考えにくい。

筆者はT氏とは直接、なんら関わりがないが、
ある席ですれ違ったときに、非常に物腰が柔らかいのに、
殺気めいたものを感じないわけにいかなかった。

ワイシャツの下、手首に数珠を巻きつけているのが見えたが、
それもちょっと、異様な感じがした。

彼は、こと選挙に関しては異能の持ち主であり、
プロの、第一級の選挙参謀と言ってよかった。
そして、市民派路線で演出された浅野選対を、陰から操った人物だった。

そのT氏がどうしているのか、筆者は非常に気になっている。

                ※※

明日は日曜日――。朝から報道番組が目白押しになる。
おそらく、明日日曜日、浅野氏が各局に取り上げられ、
事実上の、戦いの火ぶたが落とされるのだろうと思う。

常識的には、石原氏が圧倒的に有利だが、
気を抜けば、浅野氏の刃(やいば)が届く――ということになる。

まだまだわからないし、石原氏は巨大だが、
政治の場では、一瞬にして、潮目が変わってしまうことだってあるのだ。
それで、小が大を倒す――ということも、まま、起きてしまう。

けっこう、やはり面白くなってきている。


・当ブログ関連記事(2007年 03月 02日)
  → 都知事選;浅野氏、出馬へ。――“太陽の季節”に陰りはないのか?


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by yodaway2 | 2007-03-03 02:17 | 風雲急!政局と選挙