週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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文革四人組の一人、姚文元氏が死去。――過去は歴史となったか?
中国、文化大革命、四人組の最後の生き残りだった、
姚文元(ようぶんげん、ピンイン)・元中国共産党政治局員が
死去した――とのニュース。
・ロイター→中国「四人組」の最後の生き残り、姚文元氏が死去(01月06日 20時55分)

1976年9月の、毛沢東元主席死去からわずか1ヵ月後、
江青、張春橋、王洪文らと共に逮捕され、懲役20年の刑を受けた。
死去したのは昨年12月23日とのこと。享年74歳。新華社が伝えた。

                ※※

悠久の中国史にあっては、血なまぐさい権力闘争など、
無数にあり、むしろ歴史は、その連続であったとも思えるのだが、
文化大革命の時代は、そのなかでも特筆される時代だった。

知識人は次々とその地位を追われ、
焚書、人民裁判(私刑)の嵐が中国国内、いたるところで吹き荒れた。
政治、経済、文化――の、いずれにおいても麻痺した状態となり、
地方では数多くの餓死者が生まれ、我が子を喰らうなどの、
悲惨な事態も発生していたのだという。

それが10年間も続いた。

                ※※

文化大革命が発動されたころ、
私はまだ高校を卒業していなかったが、
漢文の時間に習った孔子(論語)、孟子が、本家本元の中国で、
批判の嵐(批林批孔)にさらされていることを知って、実に、
珍妙、奇妙奇天烈、不可解極まりない出来事に思えてならなかった。

文化大革命とは、超・カンタンに言えば、劉少奇ら
実権派に権力を奪われてしまった、毛沢東およびその一派が、
大衆を動員して権力の奪還を企てた極左運動。

大衆の中心になったのは若い学生たち、さらには
10代の少年少女たちで、みな、赤い、小さな毛沢東語録を手にし、
口々に「造反有理(造反することに道理がある)」と叫んだ。

この、文化大革命の始まりの始まりが、
姚文元のあらわした評論であったといわれている。

                ※※

文化大革命が終息し、裁判に出廷した4人を、テレビなどで、
何度も見たはずだが、どんな風貌だったか……と考えてしまった。

姚文元は色白で、少しぷっくりしていたのではなかったか、
などの印象があるが、ちょっと自信がない。

もちろん、毛沢東夫人であった江青女史は忘れようにも忘れられない。
判決を言い渡された法廷で、激しい口調で
「孫悟空のように生まれ変わってみせる」と言い放ち、
廷吏に引っ立てられていった姿は鮮烈だった。

副首相だった張春橋氏もよく覚えている。
裁判の間、彼は、ときに目を見開き、ときに瞑目していたが、
最後の最後まで、ただのひと言も口を開かなかった。
昂然としたその様を、鋼(はがね)のようだ、と思って見ていた。

姚文元氏は、たしかに文化大革命の口火を切る評論を執筆した
張本人だったが、しかし、それは、江青女史の
さしがねであったことがはっきりしている。
売文の徒、に過ぎなかったのかもしれない。

                ※※

姚文元氏死亡のニュースに、いままで生きていたんだ、と驚いた。
そして、躍進著しい現代の中国も、その裏側では、
いまなお、過去の残滓に苦しんでいるのだろう、とも考えた。


                ◇◆

<追記、7日午前9時38分>
「四人組」について、下記、ブログが秀逸です。
上記本文執筆時に、グーグルのイメージ検索で姚文元氏の写真を探したのですが、
適当なものは見つかりませんでした。それも、他の3人といっしょに掲載があります。
よろしければ、どうぞご参考に。
・「三都三昧 ~中国・台湾・日本のはざまで~」(by officemei)
     →“四人組” (Japanese) /姚文元氏が死去 最後の文革「四人組」


                ◇◆

<追記、その2、7日午後1時40分>
姚文元氏の経歴について、下記ブログが適切な内容と思われます。
文化大革命についての解説などもたどれます。よろしければ、どうぞ、ご参考に。
・blog 現代中国ライブラリィ → 四人組の姚文元が死去
 


※いつものように、誤字脱字、あったらゴメン。^^
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by yodaway2 | 2006-01-06 23:32 | 中国と、どう付き合う