週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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内閣改造、入閣ゼロの山崎派。――耐える山崎氏に侠気の美学。
★「速報2、福田康夫氏、閣僚名簿からこぼれる!―ポスト小泉、どうなる?」の続きです。

内閣改造から2日経った。2日経って、今回の内閣改造も、
なかなか味わい深いものであるようにも思えてきた。

昨日、ちょっと目に止まったのが、自民党で入閣のなかった派閥から
不満が漏れている、とのニュース。
入閣ゼロは旧堀内派(宏池会)、高村派(番町政策研究所)、
そしてコイズミ首相の盟友、山崎拓氏が会長である山崎派(近未来政策研究会)――。

                    ※※

その山崎拓氏が、昨日開かれた派閥の会合で頭を下げた。
「残念ながら近未来政治研究会(山崎派)からは、閣僚を出すことができませんで、
私は責任を痛感しているわけでございまして、その点につきましては
お詫びをいたしたいと思うわけでございます」

山崎氏は、いつも何か、もごもごとした語り口なのだけれど、
さらに会場の雑音と混じり、聞き取りにくかった……。

高村氏も派閥の会合で、自派からの起用がなかったことに、
悔しさをにじませる挨拶をした。旧堀内派は会合などは開かなかったらしく、
派閥幹部が不平不満をもらしていると間接的に伝えられた。

                    ※※

今回の人事に論功行賞の側面があるとすれば、
旧堀内派、高村派がゼロであったのはわかるような気もするのだが、
山崎派のゼロは、いくらコイズミ政権が「派閥政治と決別した」(武部幹事長)としても、
腑に落ちない、ということになる。

山崎氏は政局、外交の節目節目に首相の黒子として動き、
解散前の国会では、自民党副総裁の経歴がありながら、
5、6段格下の、衆議院特別委員会での党筆頭理事をつとめた。

すべて首相の要請であったが、山崎氏はそれを受けた。

                    ※※

解散前、郵政民営化法案に対しては、
山崎派のなかにも異論、反対論は、当然あったわけで、
たとえば派閥幹部で、郵政大臣、建設大臣、国土庁長官の経歴のある、
関谷勝嗣氏が、派閥の会合で滔々(とうとう)と民営化反対論を、
ぶとうとしたことがあった。

そのとき山崎氏が、のっそりとした首をもたげ、
ドスを効かせるようにして言った。
「おい、いいかげんにヤメロ」

それがテレビに映ってしまった。
否、テレビに映っているからこそ、山崎氏は関谷氏を制そうとした。

そのあとを伝えたニュース……、新聞記事だったと思うが、
関谷氏はそのときの山崎氏の言動に、
「オレを子ども扱いしやがって!」とカンカンに怒り、さらに
「こんな派閥、辞めてやる」と息巻いたとのことだった。
(実際には退会などしていない。)

山崎氏は女性スキャンダル(……たぶん、謀略)によって落選した浪人中を含め、
内に外に、陰に陽に、首相を支え続けている。

                    ※※

コイズミ首相が非情を哲学とし、信賞必罰の人であれば、
山崎氏には、もっと見える形で、何か応えてあげてもよさそうなものだが、
いまのところ、はっきりとした処遇は伝えられていない。

                    ※※

ただ、逆から、そして側面からちょっと見てみる。
まず、閣僚と党役員は異なるとは言え、内閣改造に際して、
ワンセットで行われており、同派出身の武部幹事長は留任した。

党のナンバー2の役職であり、党人事については、
だからたぶん、かなり大胆に自由に決めていくのではないかと思われるし、
そこには山崎氏の意向は強く反映もされれば、首相も異は唱えないはず。

副大臣、政務官は今日決定するが、それは見てのお楽しみ。

一方で、今回、もし旧堀内派、高村派だけが入閣ゼロであったのならば、
どのような評価となっていただろうか。

たぶん論功行賞、信賞必罰がきつくなりすぎ、
党内の怨念はともかく(それは今でも十二分にあり過ぎる)、
マスコミ、国民にもその点を衝かれてしまうのではないか。

今回の組閣をバランスが取れている――と評する声も少なくないが、
それに一番の犠牲を払っているのが、実は、首相の盟友、山崎氏であるように思われる。

                    ※※

今回の組閣で、衆院当選九回ながら閣僚未経験だった中馬弘毅(旧河野派)が
行政・規制改革担当相として入閣した。中馬氏は1995年に、
コイズミ氏が初めて自民党総裁選に出馬しようとしたときに、
推薦人集めに苦労しているのを見て、他派閥ながら名を連ねた。

その中馬氏が入閣の機会に恵まれないことに、
コイズミ首相は「『かわいそうだ。何とかしてあげたい』と
ずっと気にしていた」(森派幹部)のだと言う。
最後の改造で、首相はこれに報いた。

                    ※※

閣僚ポストの数は17――。これは内閣法で規定されている。
>内閣法第2条
>2 前項の国務大臣の数は、14人以内とする。ただし、
>特別に必要がある場合においては、3人を限度にその数を増加し、
>17人以内とすることができる。

改造に際して、首相も苦しんだに違いない。
いろいろ割り振っていき、結局はポストが足りなくなってしまった。
そして、山崎派からは大野功統防衛庁長官が退任し、ポストが消えた。

                    ※※

首相も山崎氏も侠気の人――。
お互い、貸し借りをそのままにはしない、と思う。

「拓さん、すまない。党は好きにやってもらって、いい」

組閣を終えて首相は、たぶん山崎氏に、そんなふうに電話したかもしれない。
それでは足りない、と思いつつも。……山崎氏は、それを呑んだ。


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by yodaway2 | 2005-11-02 11:55 | 風雲急!政局と選挙