週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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後藤田正晴氏、逝く。……カミソリと言うけれど、おちゃめな印象だった。
昨日、国会の召集、第3次コイズミ内閣発足の日に、
「政界のご意見番」と例えられた後藤田正晴氏が逝去した。
後藤田氏のことを、何か、多く知るわけでもないのだけれど、
ほんの少しだけ、書き留めておきたくなった。

                    ※※

後藤田氏は、いくつかの著作をのこし、また、けっこうな数の
関連書籍もあるはずだが、それを私は読んだことがない。

私の学生時代は、ちょうどロッキード事件の起きたあとで、
田中金脈問題が追求されているさなかでもあった。
田中角栄氏は退陣に追い込まれたあとも、「闇将軍」として、
不当に権勢を振るっているようで、それが、青年だった私には、
この国の政治をひどくゆがめているようにしか思えなかった。

後藤田氏は、もともと、田中角栄氏の懐刀(ふところがたな)として、
政界に登場した人物だった。1974年の参院選で、政敵・三木武夫氏のお膝元、
徳島県地方区に、三木派の現職がいたが、田中派から後藤田氏が送り込まれ、
現職が非公認、新人の後藤田氏が公認候補となり、田中、三木の代理戦争となった。
その後、後藤田氏は衆院に転じ、三木氏と同じ選挙区で鎬(しのぎ)を削ることになった。

いまふうに言えば、元祖「刺客」、となるわけで、それが、当時の私には、
金権腐敗の象徴であった角栄氏の手先――、と映った。

しかし、その後の、後藤田氏の政治家としての歩み、発言には重みがあった。
なのに、私は……、いつも最初の印象から抜け出せず、
長く、彼の発言に耳を傾けなかったかもしれない。

                    ※※

政界を引退しても、節目節目にする発言は、世間の耳目を集めた。
新聞にも、インタビュー記事や論壇(寄稿)のような形でしばしば登場した。
私心のない意見を述べているようで、コイズミ首相にも苦言が多かった。

内務省時代から能吏の評価が高く、「カミソリ後藤田」の異名があった。
けれど、いつも、「あのねえ……、それはねえ……、そのねえ……、
アタシはねえ……」と、もごもご語りかけてくるイメージがあり、
けっこう、おちゃめな人物だったのかもしれない。

呵呵、大笑いする表情も忘れがたい。

後藤田氏は中曽根内閣で長く官房長官をつとめており、
一見、中曽根氏のイメージに引っ張られて、多くの人から、
ハト派の論客とは思われていないのではないか。
彼は憲法改正には慎重であって、宮沢喜一氏と近い立場だった。

宮沢氏が後藤田氏の逝去をいたんだ。
「がっかりした。後藤田さんとは憲法でも安全保障の問題でも
ほとんど話さなくても考えが共通だと分かっていたから、
それだけ頼みにしていた」(サンスポ、21日付)――と。

                    ※※

何ごと、一つの方向から見ては、正しくその形をつかめない。
その点、後藤田氏は、たしかに、複眼の視点をもたらしてくれる方だった。

いまからでも遅くないかもしれない。
彼は何を言い残したかったのか……、これから少し、
後藤田サンの書き残したものも、読んでみようかと思う。

≪参考≫
・JANJAN→いま何を考えるか 戦後60年の夏~後藤田正晴氏は語る(動画)

                    ※※
<追記、23日>

●後藤田五訓――ナンバー2の、凄み

テレビで「後藤田五訓」――というのを、見た。ネットで探してみたところ、
ブログ、「研修コーディネーターの本棚」(reirei326さん)で見つけた。
「危機管理のノウハウ」シリーズの著者、佐々淳行氏の、
「わが上司 後藤田正晴」(文芸春秋)で紹介されているとのこと。

後藤田五訓――は次のとおり。

一、省益を忘れ、国益を想え。
二、悪い、本当の事実を報告せよ。
三、勇気をもって意見具申せよ。
四、自分の仕事でないという勿(なか)れ。
五、決定が下ったら従い、命令は実行せよ。

五訓は、後藤田氏が中曾根内閣、内閣官房長官のとき、
内閣官房6室制度の発足に際して、佐々淳行氏(当時、内閣安全保障室長)ら
部下に訓示したものだった。

前記、本文の「おちゃめ」な印象とは異なる、
内務省、警察官僚トップから政界に転じ、生涯をナンバー2として貫いた、
後藤田氏らしさのある、ポリシーだと思われる。


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by yodaway2 | 2005-09-22 16:54 | 風雲急!政局と選挙