週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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岡本太郎氏の巨大壁画、修復へ。――パワーが及んできた!
3日前のニュース、画家、岡本太郎氏、畢生の大作「明日の神話」――について。
高さ5・5メートル、幅30メートルもの巨大壁画で、
原子爆弾が炸裂、がい骨が炎に包まれている。

テレビのニュースで、その絵を見た。
瞬間、ピカソの「ゲルニカ」にも似ている――、と思った。
修復後の展示場所に、広島市、尾道市が取り沙汰されているらしい。

                    ※※

こんな作品をのこしていたとは、まったく知らなかった。
彼は、ほんとうに、すさまじいばかりの、
エネルギーを帯びた人間だったと、改めて思った。

「明日の神話」はメキシコのホテルオーナーからの依頼で
描かれたものという……。いったい、岡本太郎氏を動かしたのは、
どのような人物であったのか、それはニュースで知ることはできなかった。

ところが、そのホテルが倒産してしまい、
以来、30年以上も行方不明のままとなっていた。

それが見つかり、岡本太郎記念財団の所有となって、日本に帰ってきた。
前述、壁画の大きさにふれた。加えて、その壁画はコンクリート版に、
アクリル絵の具で描かれており、相当な重量がありそうだ。
野ざらしになっていた期間もあるらしく、損傷が大きい。

ニュースでは、この壁画の修復に、
コピーライターの糸井重里さん、歌手の一青窈さんらが
支援を表明しており、ニュースにも登場した。

                    ※※

昨日、本棚をひっくりかえして、ある本を探していたら、
偶然に岡本太郎氏の著書が出てきた。

「自分の中に毒を持て――あなたは”常識人間”を捨てられるか」
青春出版社、1988年。

                    ※※

以下に、その一節、二節を――。
(改行、空段は引用者、yodaway2による。)

>残酷な思いで、迷った。ぼくはごまかすことができないたちだから。
>そして……いまでもはっきりと思い出す。ある夕方、ぼくはキャフェのテラスにいた。
>一人で座って、絶望的な気持ちで街路を見つめていた。
>うすい夕陽が斜めにさし込んでいた。

>「安全な道をとるか、危険な道をとるか、だ」
>あれか、これか。
>どうしてその時そんなことを考えたのか、いまはもう覚えていない。
>ただ、この時にこそ已に決断を下すのだ。戦操が身体の中を通り抜ける。
>この瞬問に、自分自身になるのだ、なるべきだ、ぐっと総身に力を入れた。

>「危険な道をとる」
>いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。死に対面する以外の生はないのだ。
>その他の空しい条件は切り捨てよう。そして、運命を爆発させるのだ。

>戦後の日本でぼくの果たした役割、ポジションはその決意の実践だった。
>ぼくは一九四〇年、ドイツ軍がパリを占領する直前にヨーロッパを去り、
>太平洋戦争突入前夜の日本に帰ってきた。

>パリでの体験を経て、それをポジティープに生かすため、
>ぼくは日本という自分と直接いのちのつながりのある場で
>人生を闘うべきだと考えたのである。

                    ※※

さらに、少しページをめくってみる。

>新人類などとよぱれて、ファッショナブルに、軽く生きているような若ものたちだが
>意外に、ゾツとするほどウツロな顔を見せることがある。

>「何をしたらいいか、全然わからない」
>「これでは駄目だということはよくわかっているんだけど」
>自信もない、こいつだけは貫きたいという情熱もない。
>生活的にはまあまあ、程々のものは持っているし……。

>だらしがない、と言ってしまえぱそれまでだ。
>だが正直に内面をさらけ出せぱ、若ものたちに限らず、
>いまこういうウツロな人間がほとんどではないだろうか。

>これは問題だ。そこでぽくはそういうダメ人間、不安で、迷って、
>自信がない、何をしたらいいのか、てんでわからないあなたに提案する。
>自分はそういう人間だ。ダメなんだ、と平気で、ストレートに認めること。

>そんな気の弱いことでどうするとクヨクヨしても、気は強くならない。
>だから、むしろ自分は気が弱いんだと思って、強くなろうとジタバタしない方がいい。
>あきらめるんではなく、気が弱いんだと思ってしまうんだ。

>そうすれば何かしら自分なりに積極的になれるものが出てくるかもしれない、
>つまらないものでも、自分が情熱を賭けてうち込めぱ、それが生きがいだ。

>他人から見ればとるに足らないようなバカバカしいものでも、自分だけで
>シコシコと無条件にやりたくなるもの、情熱をかたむけるものが見出せれぱ、
>きっと眼が輝いてくる。これは自己発見だ。生きていてよかったなと思うはずだ。

>何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことだ。
>また、他人の目ぱかりでなく、自分の目を気にしないで、
>萎縮せずありのままに生きていけぱいい。

>これは、情熱を賭けられるものが見つからないときも大切だ。
>つまり、だめならだめ人間でいいと思って、
>だめなりに自由に、制約を受けないで生きていく。

                    ※※

以上の引用に、なぜの理由はなし。
最初の方のページだけれど、パラパラとめくって止まったところをタイプした。
全編、最初から最後まで、このテンションで貫かれている。

なんと激しい。
そして、なんとやさしい。

この著書、岡本太郎氏は1911年の生まれなので、
出版年から引き算すると17年前、77歳のときに書いたもの、となる。
なんとみずみずしい。

                    ※※

人がみずみずしくあるかどうかは、その人の心次第だと、
岡本太郎氏の、帰国した壁画の、そして我が家にて再発見した著作から、
改めて思った次第――。


                    ※※
≪いつものように、追記≫

若いころ、友人の会社に100万円、出資したことがあった。
最初、原宿のマンションの一室に拠点を構えたが、
1年後に南青山のビルに引っ越した。その引越し先が、
なんと、岡本太郎氏の自宅の、ほぼ隣にあった。

ベランダから岡本太郎氏の自宅の庭が、申し訳ないけれど、
覗けてしまった。さまざまなオブジェが点在した空間だった。

爪のあかを煎じて飲む――の言葉があるけれど、
当時、吸い込んだ空気を、我と我が身に呼び起こしたいような気持ちになる。

当時は夢中で生きていて余裕がなく、(いまも余裕なし。^^)
かくも価値のある「場」にいたという意識が、正直に言って希薄だった。
そのときには、なかなか、目の前の価値に気付けないのが
人間であるとも思うのだけれど。
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by yodaway2 | 2005-06-09 18:42 | 社会の問題、世相さまざま