週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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ドタキャンから透ける、胡錦濤政権の絶望……。
中国、呉儀副首相の突然の帰国、ドタキャン事件から1週間経った。
このことについて、少し書き足してみたい。

それは、今回の事件をきっかけにして、
日中関係は雰囲気が、がらりと変わったような気がしているから――。

中国は政治面で、コイズミ政権との話し合いに、
まったく希望を失ったのではないかと思われてきた。
コイズミ政権への興味自体も、たぶん、急速に失くしている。

                    ※※

●ドタキャンの真の理由は、コイズミ政権への絶望だったのでは……。

つまり、今回のドタキャンは、一向に出口の見えない靖国問題に対する、
中国側の政治的な圧力や、反発、抗議などというよりも、
コイズミ政権に対する絶望だったのではないかと……思われてきた。

国連改革、北朝鮮の核問題、東シナ海ガス田問題などを抱えつつも、
もうこれからは、ほんとうに必用最小限の関係になり、
暗さだけが増していくのではないか……とも。
日本人の嫌中感も増し、中国人の反日感も強まっていく……、と。

ドタキャンの責任を、中国側に問い詰めるだけでは、
どうも済まないような気になってきた。

                    ※※

●親日を期待したはずの胡錦濤政権が……、いまや。

反日的とされた江沢民政権から、
胡錦濤政権に代わり、さらに軍事委員会主席の座も、
胡錦濤氏がもぎ取ったことによって、
本来なら、日中関係は温むはずだった。

胡錦濤主席はもともと、故・胡耀邦元総書記の子飼い、側近だった。
胡耀邦主席の時代、中曽根元総理が靖国神社を公式参拝、揉めたことから、
いわゆる中曽根書簡によって関係を改善、親交を結んだ。

胡錦濤主席は、86年末から87年の学生運動に同調して失脚した、
胡耀邦を批判する大会で、李瑞環氏(元政治局常務委員)と共に
胡耀邦への批判を拒否したという。

このとき批判を拒否したのは、この2人だけだったと伝えられる。
そのため、胡錦濤氏は民族運動で混乱するチベット自治区へと左遷され、
中島敦の小説さながらの体験をした。

胡錦濤氏はその後、中央へと返り咲き、胡耀邦氏の系譜(共青団閥)を引き継いだ。
こうした経歴から、政権掌握時には親日的と見られていた。

その胡錦濤主席が、日本、コイズミ政権との間で外交的な得点を挙げることができず、
今回の事件では、最後、同主席自身がキャンセルの決定を下したと伝えられている。

                    ※※

●胡錦濤政権を追い込み過ぎたのかもしれない。

ドタキャンは、以前のエントリーにも書いたとおり、
その事実だけでとらえれば中国側の一人相撲であり、まったくの珍事にして、
受け入れ難いものであり、かつ、国際的な儀礼を無視した未熟な行動にさえ見える。
そうなのだろう……。

が、逆から言うとコイズミ首相は、本来、
そこそこに話し合えるかもしれなかった相手――胡錦濤政権を、
どうも、追い込み過ぎてしまったように見える。

                   ※※

●メイラー氏著書にあった言葉――、政治家が行動を起こすとき。

以前に読んだ本、ピューリッツァー賞作家、ノーマン・メイラー氏の
「なぜわれわれは戦争をしているのか」(03年、岩波書店刊、田代泰子訳)に
次のような言葉があった。

「政治指導者や政治家というのは、一見バカなようでもじつは真面目な連中で、
自分たちが納得できるなにか深い理由がなければめったに行動を起こすものではない」

そのように感じてきた。間近に接してみると、
政治家はマスコミが批判するほど愚かでは、決してない。
そう考え、いつもこれでも、耳を澄ましている。

                    ※※

●中国は非礼。――それでも、深き理由の響きがほしかった。

なのに、コイズミ首相の、今回の、16日の国会答弁は何だったのだろう。
中国側の非礼にも怒りたいが、その前に、嘆きたくもある。

首相の靖国神社の参拝に、理は、もちろんある。
が、それを主張するなら、相手にとおるような主張の仕方を、
もう少し考えられないのだろうか。

あるいは……、もう少し、双方で歩み寄れるやり方を
工夫できないのだろうか。

ボツンと、自分の主張、行動を繰り返すだけでは、やはり、
それが政治である以上、絶対に足りなかった。
少なくとも、知恵、知略の働いた政治とは言えなかった。

                    ※※

「深い理由」を響かせてほしかった……。


                    ※※

≪追記≫

●中曽根書簡について――。

中曽根元首相が首相在任時、自身の公式参拝のあとに日中関係が悪化し、
それを打開するため胡耀邦主席(当時)に書簡を宛てた。
この、中曽根氏の行動は、いまに禍根を残しているとの批判もあるけれど、
やはりそれは、政治の知恵を働かせた形だった――と受け取れる。

文意は「公式参拝をやめるのは本意ではないが、日中間の関係を考え、
やめることにした」――というもの。

「やめる」と述べている箇所は次のよう。
>私は、四十年の節目にあたる昨年「一九八五年」の終戦記念日に、
>わが国戦没者の遺族会その関係各方面の永年の悲願に基づき、
>首相として初めて靖国神社の公式参拝を致しましたが、
>その目的は戦争や軍国主義の肯定とは全く正反対のものであり、
>わが国の国民感情を尊重し、国のため犠牲となった一般戦没者の追悼と
>国際平和を祈願するためのものでありました。

>しかしながら、戦後四十年たったとはいえ不幸な歴史の傷痕を、
>いまなおとりわけアジア近隣諸国民の心中深く残されており、
>侵略戦争の責任を持つ特定の指導者が祀られている靖国神社に
>公式参拝することにより、貴国をはじめとするアジア近隣諸国の国民感情を
>結果的に傷つけることは避けなければならないと考え、
>今年は靖国神社の公式参拝を行わないという高度の政治決断を致しました。

>如何に厳しい困難な決断に直面しようとも、自国の国民感情とともに世界諸国民の
>国民感情に対しても深い考慮を行うことが、平和友好・平等互恵・相互信頼・長期安定の
>国家関係を築き上げていくための政治家の賢明なる行動の
>基本原則と確信するが故であり、>また閣下との信頼関係に
>応える道でもあると信ずるが故であります。

                    ※※

長野県日中友好協会HPに、書簡全文について、
(財)世界平和研究所刊、『中曽根内閣史』よりの転載あり。
支持するにせよ批判するにせよ、一読の価値あり。
リンク、ソースは以下のとおり。

・長野県日中友好協会 → 中曽根康弘総理大臣から胡耀邦総書記への書簡
 (http://www.avis.ne.jp/~nihao/nakasone-koyohou-syokan.htm)



※時間の都合で未校正、仮アップ。のちほど読み返し、修正したいと思います。^^
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by yodaway2 | 2005-05-31 19:20 | 中国と、どう付き合う