週刊!Tomorrow's Way
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テーマはその日の出来事、ニュースから。あと50年経てば、いまの時代、どう語られているのだろうか。
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メッセージ
「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」。学生時代に出会った言葉です。政治をめぐる意見に賛成、反対はつきもの。お互いを尊重しつつ、意見を述べ合いたいものです。 
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記事400本、達成!^^――「愚公移山」のコトバを思い出す。
実は昨日、投稿数(記事数、エントリー数)が400本に達しました。
累計のアクセス数は8万1000ヒット余り。

●ときどき滞りつつも、ここまで来ました。^^

昨年の4月14日に開設してから、ときどき停滞しつつも、
とことこやってきて、振り返ってみたらこの数字になりました。
70000ヒットのときにも書きましたが、平均すれば、1日1エントリー。
これまでご訪問くださった方々に、改めて御礼申しあげます。
・管理画面→投稿記事400本&80000ヒットのカウント画像

                    ※※

巡回していると、非常にエネルギッシュなブログは多数あり、
ヒット数についても10万、20万、あるいはもっと、
それ以上という方もいると思いますが、でも、私は私……。
コツコツ、やっていこうと思ってイマス。

まがいなりにも400本の記事をまとめることができ、
かつ、こんなにもご訪問いただき、ほんとうに、十分すぎるくらいです。
キリ番のときには、いつも感じることですが。^^

                    ※※

●自分の考え、書いてみないとわからない。^^

ブログの記事を書いているうちに、自分の考えが整理されることはしばしば。
また、当初とは異なる考えに変化していくこともしばしば。
また、いろいろ考えたつもりになっても、いざ、文章にしてみると、
その欠陥に気付くこともしばしばです。

ブログで、けっこう、自分の考えが裸になってしまうような場合もあると思います。
そこがまた、面白く感じられます。

とにかく、書いてみないとわからない、
発信してみないとわからない――ということは、
けっこう、よくあると思うのです。

                    ※※

●20代のころに聞いた、「愚公移山」の言葉――。

20代のころ、ある方から聞いた言葉に
「愚公移山(ぐこういざん。ぐこう、やまをうつす)」という成句がありました。
中国の古典、列子が出典です。

infoseek→三省堂大辞林では次のように解説されています。
>ぐこう 【愚公】
>「列子(湯問)」に登場する中国古代の伝説上の人物。家の前に二つの大山があり、
>出入りに不便であったため、家族とともに山を移し始めた。
>智叟(ちそう)(利口者)がその愚かさを嘲笑したが、意に介さず、
>天帝はその志に感じて山を移動させたという。

>――山(やま)を移す
>愚かな者でも怠らず努力すれば、大事をなしとげることができるというたとえ。
(※文末に注記。「中国の古典総解説」による解題を引用、紹介。)

ふと、この言葉を思い出しました。
私ができることで、山を移す――には、宇宙的な遠さを感じますが、
しかし意に介さず、これからも時事ネタ、ニュースネタ中心に、
できるだけ長く、続けていきたいと考えます。

ときどき休みつつ……、ですが。^^

                    ※※

今後ともどうぞよろしくお願いします。(亭主敬白)


              ------------◇◆------------

≪注記=列子、愚公移山≫

以下に「中国の古典名著総解説」(1991年・改訂版1刷、自由国民社刊)、
「列子」の項から「愚公、山を移す」の解題を引用、ご紹介。同項の執筆、守屋洋氏。
ご興味のある方は、どうぞご参考にと思います。

なお、列子は、老子、荘子と並ぶ道家の書。古代寓話の宝庫。
紀元前400年頃に成ると言われますが、後人の手で列子の名に
仮託してつくられたとする説が有力です。「杞憂」「疑心暗鬼」なども、この書が出典です。
毛沢東もこの成句を好んでいたと思われ、「愚公山を移す」との題で論文を書いています。

「愚公、山を移す」

 大行(たいこう)、王星(おうおく)という二つの山があった。周囲は七百里、高さ一万●(じん。人へんに匁)あろうという大きな山である。この二つの山は、昔は冀州の南、河陽(かよう)の北にあった。北山の愚公(おろか者)という九十近い老人かいた。山のふもとに住んでいたが、南が山でふさがっているので、出はいりが不便でしかたがない。ある時、愚公は家族をあつめて相談した。
「どうだな、おまえたち。いっしょにカをあわせて山を平らにしようではないか。そうすれぱ予州にだって漢水にだって、かんたんに行けるぞ」……中略。

 こうして息子と孫をつれ、三人の男手で山をくずしにかかった。石をわり、土をほり、土砂を箕やもっこで、渤海のはずれめざして運ぴはじめた。隣に京城氏(けいじょうし)という寡婦が住んでいた。その息子はまだやっと歯が抜ける年頃だったが、こおどりしてこの仕事を手伝った。だが、一往復するのに半年かかってしまう。
 河曲(かきょく)の知叟(ちそう=リこう者)が笑ってとめた。
「なんとぱかげたことを。老い先みじかいお前さんには、山のかけら一つくずせまい。ましてあの大きな山の土や石をどうするつもりだ」
 北山の愚公は、ため息をついた。
「お前もずいぶんわからずやだな。隣の女子供のほうがずっとものわかりがいいぞ。わたしが死んでも子供がいる。子供が孫を生む。孫がまた子供を生む。子供にまた子供ができる。その子どもに孫ができる。こうして子友孫女うけついで絶えることがない。だが、山はいま以上高くならない。平らにできないことがあるものか」
 知叟は返すことぱがなかった。……中略。

 すると天帝は愚公の熱意に打たれ、夸蛾氏(こがし、伝説上の臣人族)の二人の子供に命じて、二つの山を背負い、一つを朔東(さくとう)に、一つを●南(ようなん。擁の手へんのない字)に移させた。これ以後、冀州から南、漢水にいたるまで、小さな丘さえなくなった(湯問篇)。


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by yodaway2 | 2005-05-18 15:14 | ブログの気持ち、いろいろ